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ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

せんきゅー、せんきゅー、2018。

先月の終わりごろ、今年の12月はアルファベットAからZまでにちなんだ記事を1日ずつ書くのもアリかな、などと無謀なことを考えたことがある。見て明らかなように結局やめたのだけれど、Aは初日だから「アドベントカレンダー」、Xは24日でちょうど「クリスマス」、その前日のWは「ダブる」の話でもしようか、などといろいろ妄想は捗っていた。その妄想の中では、アドベントカレンダーは25日の「約束(Y)」で一旦終了させ、大晦日をZの日として綺麗に締めようと目論んでいた。その際に予定されていたテーマが「ゼロ」だった。

今年はゼロの年だった。なんちゃら元年の前年だからというわけではない。コナン映画の「ゼロの執行人」が大ヒットを納めたからというわけでもない。「シュタインズ・ゲート・ゼロ」がアニメ化されたことは……微妙に関係があったりなかったりする。

STEINS;GATE 0のゲームが出た3年前頃、ぼくはそのあらすじにとても励まされた。あれは、失意と絶望のうちにもとの世界線に戻った彼が、再び立ち上がり、あるかどうかもわからない第三の世界線を目指す「までの」物語で、その「ありえなさ」、不可能なのに希望を持たなくてはならないというリアリティ、は心に迫るものがあった。

ぼくはぼくなりにぼくの小さな世界で苦しんでいて、自分一人では立ち上がれず、目の前の道が正しい先へとつながっていると思うことができなかった。3年前ごろといえばちょうど履修登録に失敗してめちゃめちゃをやらかすという展開も起きていた。ぼくはほとんど誰もフォローしないツイッターアカウントを作り、あたかも物語(シュタゲ?)の主人公のように、目の前のひとつひとつのオペレーション(それは手続きだったり身辺の雑事だったりした)をこなす様を淡々とツイイトすることで希望を保った。些事に壮大な意味をダブらせない限り、前に進む気力が湧かなかった。あれは祈りだった。

ともかく大学を卒業した。あのシュタゲゼロ的アカウントは今ではもうほとんど使われていない。これで十分だろう。終わった後にいうことでもないかもしれないが、ひとまず、ここまで行けば絶対に消えることのない、大学卒業というセーブポイントまではたどり着けた。ここがゼロ地点になった。大げさだろうか。わからない。忙しい卒業時には実感がなかった。今もないといえばない。だけれど、ぼくはときどき思い出すのだ、いまのぼくとは明確に接続されない、しかし確かに存在したはずの、あの数年間を。泥沼に足をとられながら生きていた数年間を。

今年もいろいろなことが変わった、変わったが、ぼくが今まで苦しんできたことと、いまそれとは少しちがう形で考えていることは、やはりつながっている、過去の土台にぼくは乗っている、そういうことを節々で思う。というか、そうじゃないと困る。かつてあったこととも、つながっていないと。それが終わったことだとしても。

一日一日は忙しかったが(特に卒論を書いていた前半はそうだったが)、総じて不思議なくらい心穏やかな生活がやってきた。穏やかといったって、なにも解決していないのかもしれない。結局、就職だってしていない。具体的には、春から関西の大学院に進学することになった。生活費の一部は、さすがに自分で稼ぐことになっているが、誤差のようなものである。……でもまあ、いいんだ。ひとは心穏やかに生きていいんだ。それは大前提としていいんだ。ぼくはクズまった生活(久しぶりにこの言い方をした)の中でずっと苦しんでいたが、それはもう十分だ。ぼくは十分に考えた、少なくとも人間にできる範囲では。

ぼくは今度こそゼロ地点に立てた。ゼロというのは後から思い出して創られるものなのかもしれない(シュタゲゼロがそうだったように)。反省し、立ち返り、その立ち返る先としての今年なのだと思う。実際、駆け抜けている間はわからないものなのだ。ぼくは物語的な人間だとよく言われる(言われていた?)が、最近はそういうこともあまり口にしなくなった。それは年をとったということなのかもしれないが、とはいえ、リアルタイムで物語らなくなったから(呟かなくなったから)といって、伏線が張られなくなるわけではない。日を重ね年を重ねるということは、いつか振り返って意味づけされるものを増やしていくことで、そのことには変わりがないのだ、今年も、来年も。

伏線は、張られたときには気づかない……あとからそれが伏線だとわかる(と言いつつ、これは意図的に張られた『あみめでぃあ』次号の伏線である)。ゼロ地点とはそういうものである。今年は知らないうちに過ぎていったが、きっと来年以降のゼロ地点として振り返られることになるのだろう。新しい生活、などというとわざとらしいけれど、まあ、実に7年暮らした東京も離れることだし、ほかにも諸々の事情から、ぼくの中ではそれほど大げさな言い回しでもない。何度もリセットしようとしてリセットはできなかった、その数年間の全てが愛すべき自分史だ(そしてその手法はきっと適切ではなかったのだろう)。それとは別のしかたで、ぼくはゼロにいる。

なんとなく筆の滑るままに文字を紡ぐというのも久しぶりのことだった。大晦日の感慨なんてものは、いっときの感情で、一年の総括になんてならないのかもしれないが、それも含めてまあ、恒例行事というか、儀式の面白さというものなんだろう。なんにせよ、今年もみなさんありがとうございました。せんきゅう、せんきゅう。タイトルは1009+1009=2018というダジャレ以上の意味はありません。1009は素数です。いつも心に中二病を忘れないで生きていきたいものですね。よいお年を。

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この記事はフィクションです

2年前、ダンガンロンパというゲームの1作目と2作目を、「論破」的世界観と「同意」的世界観という観点で対比させて考察した文章を書いたことがある。その正統続編であるところの「ニューダンガンロンパV3」、そのテーマである「嘘」についてどう読めばいいのか、最近でもよく考える。まとまった結論は出ていないが、それが「論破」「同意」に続く「正統な」カウンターになっていることはプレイ時に——通してプレイしたのはもう1年半以上前のことか——感じた。少なくとも言えることは、こういうことだろう。「論破」が自分のフィールドでの戦いで、「同意」が他者を踏切台とした次なるフィールドへの跳躍だったとするなら、「嘘」はそういうフィールド自体をかき乱すものである。「自分がどこへ向かうのかわからない」という点においては、相手に「同意」して進む場合もそうなのだが、「同意」であれば相手を信じるか、あるいは少なくとも相手を頼って変化したあとの世界を信じるか、ということが可能だが(これでも相当なジャンプである)、自ら嘘をついて事態が進行するというのはもはや、何に立脚して何を信じているのかさえ、その輪k——

『しわーっす!』

オフトゥンがオフっトンだ。

——誰によって?

あいつによって……なのだろうか。
パターンを、反復を、当てはめようとしている自分がいる。
目の前の出来事に。
意味を。
過去から、いまに投影して。

『ちわーっすと師走をかけたんですよ。やはり日本人らしく、日本語を使うべきだと思いましてね』

その文脈。まるで、外国語ではなく日本語だとでも言いたげな。

「ああ、えっと君は——ちくわさんのとこの」

『そうですそうです……って、自分がちくわさんじゃないですか!!』

そう、ぼくことちくわさんの前にはこうして毎年この日、12月の初めの日、オフトゥンをめくる妖怪が現れる。
あらわれ、ていた。

「だけど君は、優曇華だったんじゃなかったっけ? 3000年に一度だけ現れる、伝説の」

だから、それは一度きりで、反復などされないはずで。

『そうですね。だから私が現れたというのは、あなたの嘘です』

嘘?

『私はいつだって、あなたが書いた私でした。まあ、あなたの前に現れた私は、ということですけどね。私が青砥さんのところに現れたときも、私は逢坂さんのところに現れたときも、私はあなたではなかったんですからね』

「じゃあ君は誰なんだ? 去年とはまた別の……なにかちがう存在の……?」

『そんなにややこしく考えなくていいんですよ。ダイアローグがともすればぺしゃんこにつぶれてしまうというのは、ちくわさんの好きなテーマだとお見受けしたんですけどね』

「ダイアローグが、ぺしゃんこに……」

ぺしゃんこに——モノローグに。

呼びかけも、会話も、全て自作自演なのかもしれないこと。そこには自分のほかに誰もいないのかもしれないこと。それでも、ぼくたちは言葉を紡ぎ続けるのだということ。そんな話ばかりを、確かにぼくはずっと書いてきたような気がする。

たとえばそれは、
舞台上を駆け回る会話劇で。
0と1を飛び交うキャッチボールで。
自己を同定できない誰かの、くだけた独白で。

『そういう意味で、私はずっと居なかったし、私はずっと居るんです』

「君は初めからいなくて、ぼくの一人芝居だって言いたいんだろうけどね、ぼくが自分で布団を吹っ飛ばして『返せ!!ぼくのオフトゥンだぞ!!』とか叫んでるの、だいぶやばいぞ」

『さっき吹っ飛ばしてましたけどね……いや、いいんですよ。確かに私は居るんです。だけど、居ることにしたとたん居なくなる……居ないと言っても居る気がする』

厄介な幽霊……そんな話を、前にした気がする。

『そうですね、その比喩を使うなら、幽霊は死んでいるから死ねない。消えているから消えられないんですよ。正体見たりと叫んだところで、幽霊はもう一度やってくるんです。枯れ尾花がある限り』

「ルヴナン——」

ルヴニール。

『去年の私の自己紹介を守る限り、私は今年は現れません。しかし、私はここでしゃべっている! どちらも嘘だし、どちらもある意味では実際に起きていることだといえます』

「だけど、だけどそんなの矛盾じゃないか」

矛盾で、嘘で。
いや、去年まさに、そんな話をしていたような。
ゼロがどうとか……ゼロの執行人がどうとか。

『矛盾でいいんですよ。ちくわさん、あなたが矛盾したことを書いているんです』

「書いてないよ! ぼくは君のことなんか」

ところが、ぼくはこれを書いている。と、メタなぼくは書く。

『メタな次元のちくわさんと、登場人物のちくわさんは、相互侵入的なんですね』

「と、メタなぼくは書く」

ぼくは何を言ってるんだ?

「と、メタじゃないぼくは思った」

『結局のところですね、いると思おうが、いないと思おうが、いるときにはいるし、いないときにはいないんですから、大丈夫なんですよ』

「んー、そういわれると、そんな気もするような」

そうだっけ?

『だいたい、ちくわさんが私がいると考えたことによって、私がいることになって、逆にちくわさんが私がいないと考えたことによって、私がいないということになるんだとしたら、そんなの私がいるってことにならないじゃないですか!』

ですっけ?

「えっと……じゃあ、やっぱりいないってこと?」

いるかいないか、いないかいるか……。

ぶるり。

寒さに耐えきれず、ぼくは吹っ飛んだオフトゥンを回収し、震えながらも眠りに入った。
誰も話しかけてはこなかった。
どこまでが夢だったのか、どこまでが嘘だったのか、そんなことを考える必要も、もうなかった。
ホワイトアウトする世界は、初めから白かった。

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7月の頭に書いていた文章

この1年ほどは、明るく平穏な生活だった(卒論という恐ろしいものがあったので、忙しさだけは類を見ないものだったものの)ので忘れかけているが、ぼくの大学生活はつねに、例のどんよりとした空気の中にあったのだ。深夜の松屋で食べる牛めしの味とともにあったのだ。あの世界の延長としてのぼくが、あの積み重ねを足場にして立っている……。こうしてブログを書くのも、そのころのぼくの、ぼく「たち」の物語に、一区切りをつけるためでもある。あのぼくたちの語り口でいまのぼくを書こうとすれば、描こうとすれば、ぼくはどんなふうに書く(描く)だろうか。(あのぼくたちの文体で、などとはとてもいえまい。おそらくは表層にとどまらないレベルで、ぼくのことばづかいはずいぶんといろいろなところが変化してしまったから……。)

一部の人には報告したが、ぼくは「予定どおり」(つまり、この1、2年に説明していた「予定」どおり)、ぶじ6月末に大学を卒業することができた。途中に出たり入ったりがあったけれど、ともかく6年と3ヶ月前に入学した大学である。長い戦いだった、という冗談めかした表現も、さすがに今回は許してもらえるだろう。

少し堅い話から入る。ぼくの大学は、入学時に専攻を決めなくてもよい。規範的には三年生になるときに、事実上は遅くとも四年生になるときに、専攻をきちんと決めることになる(むろんここでいう四年生とは卒業研究を開始する年のことであり、ぼくの場合はn年生[nはぼくが大学で経験した最大値]とでもいうしかない)。入学時に提出した、専攻の希望に関する文章を掘り出して読み返してみると、ぼくがそのとき考えていた専攻は(第三希望まで書くことを要求された)、第一に言語学、第二に数学、第三に哲学・宗教学であった(ぼくの大学では哲学と宗教学でひとつの専攻である)。この提出文書の存在はすっかり忘れていたが、あれから6年の時を経て、最終的にぼくはその第二、第三を組み合わせた専攻となった。特に意図したものでもないが、結果として卒業論文は、言語とも数学とも哲学ともそれなりに接点があるようなものであった。意外と、人間の興味の核心というのは変わらないものだなと思う。

この記事を書くにあたって過去のブログをざっと眺めてみたりした。1年目、2年目のぼくというのは、ほんとうに苦しんでいたというのがわかる。紡がれる言葉こそ前向きだが、いつも悲壮感と焦燥感と、そして底知れぬ孤独感がまとわりついている。あの苦しみは、なんというか、若さによるものとしか言いようがない面が多くある。はたちそこそこの、愛すべき若さ。軸足を置くべき場所がわからない、勉強の枠がわからない、どれだけ学べば人と話せるようになるのかわからない……。

あのころ、そうした悩みは時が経てばいつかきっと解決されるのだと信じてもがくしかなかった(いや、信じてなどいなかったかもしれない。それでもそう口にするしかなかったのだと思う)が、実際たしかに、悩みのリアリティをほとんど思い出せないくらいには、そういう悩みは「解決」した。ぼくは自分がわかっていることについてはそこそこ人と話せるようになったし、わかっていないことについてはそれほど動じなくなった。城壁(=自分の専門領域)を築くときがいつか来るといった言い回しを1年目の冬に書いているが、たしかにぼくは、いつからか城壁がどこにあるのかをそれなりに自覚しながら生きることができるようになった。自分の好きな世界の目次は頭の中にあって、ある程度、いろいろなエリアを見渡せるようになった(自分の、ある特殊な視点でもって)。憧れていた人たちに、ある面では追いつき、ある面では分岐点でお別れした(ちがう世界へと歩んだ)。そしてもちろん、ずっと憧れている。

とにもかくにも、あの日々のぼくのおかげで(そしていつか別途書くけれど、もちろん周囲の支えのおかげで)、ぼくはなんだかんだ、それなりにまっとうに、いかにかして昇りたいと願っていた1段目を昇ることができたのかもしれない。たった1段、されど1段……なんと長かっただろう。ここまで書いたことはもちろん学問の話が念頭にあるのだが、べつに学問に限った話ではない。

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たとえば、1年分の日記を練るとして(バイバイ、2017年)

2年ぶりの、人生で4度目の、実家に帰らない年末で、それもあって年末感がない。紅白のコナンくんも観てない。年末だからとブログを書こうとはしてみるけれど……そうだな、でも、Twitterでも追わずに、このブログだけを見てくれているひとなんて、ほとんどいないだろう。あ、こないだひとり、会ったっけ。

良い一年だった。ほんとうに二十代になって初めてといってよいような、底抜けに穏やかな一年だったし……、大きく束ねてまとめられるようなこともないから、単なる、日記として書こう。

19歳のぼくを知る友人と6年ぶりに再会した。ぼくはたぶん、あのころは若かったねと、あのころは必死だったねと、なにより「あのころはあのころだったね」と、ずっとあのときのひとたちと話したいと思っていたんだと思う。もちろんそれは、四捨五入して二十歳だといえていたころの、いまよりもウェットで切実な感情ではなくなっていて……、たぶん、「そういう物語をそういう物語として掬いたかったころのぼく」を救いたいというような、マトリョシカのように重なったぼくをひとつひとつ日に晒して供養したいというような、今あるのはそういう穏やかな気持ちだった。それでもやっぱりというのか、だからこそというのか、ほんとうになにかがそっとすくわれたような、そういうきもちになった。からりと笑いながらこんなことを話すのは、回顧ちくわ(懐古ちくわ)には難しかったかもしれないから、そんなぼくを解雇してここに至るのにこれだけの時間が必要だったのなら、それもよかったのかもしれないね。ともかく、こうして会えてよかった。(白状すると、当日のテンションで書いためもを切り貼りしたので長くなってしまった)

22歳のぼくを知る友人と3年ぶりに再会した。会うとは思わなかった。そしてもうきっと会うことがないかもしれないけれど、会えて嬉しかった。突然だったのでそんなことさえも言えなかった。ぼくはこの3年、ずいぶんと変われたつもりでいたけれど、成長したつもりでいたけれど、あなたと会って、そんなことはなかったような気がしてしまった。わからない。そんなこと、あなたにはなにも関係ないことだけど。でもというか、なんというか、説得力がなくなってしまったけど、教えてもらったことがたぶんたくさんあって、ありがとうといいたかったのです、もう忘れてしまったようなことも含めて。どうかお元気で。

こうやって過去について書けばいくらでも饒舌に語れるが、いまのこととなると、今年のこととなると、筆が止まる。だけど、ぼくは現在の大切さを噛み締めている。大学で、勉強の話を含めていろいろ話せるような友人ができた。3年ぶりくらいにそういう友人ができた。ので、とても良かった。小学生の感想みたいになったけど、ほんとうに、春からこちら、ほんとうにごく普通に大学生ができた。春休みぐらいは最高に勉強意欲が低迷していたのが嘘のようである。そりゃあ嫌なこともあったけれど、成績も、日常の勉強も、それなりに安定していた。

あとはそう、どう書けばいいのかわからないけれど、ぼくのもとで羽を休めてくれるひとがいて、とても感謝しています。ぺこり。

ふむ、やはりぼくはいまのことを書くのがずいぶん下手くそになってしまったと思うな。青い鳥のSNSも、もうすこしこう、いまぼくを通過しているあふれんばかりの欲望とかをかくばしょだったと思うんだよね、欲望っていうか、じぶんの自覚をはんぶんくらいしか通していないなにかね。もうそこにはもどれないな。歳をとったのだな。といういいかたが、すでにもうとてもベタ(真顔に戻る)。

来年の目標は、真人間になる、あるいはその準備をする。無限に続くかと思われた学生生活も終わりが近づいている。今とっている授業をとりきれば卒論以外の単位はようやくすべて回収できる。そして順当に行けば、つまり春学期に卒論を出せば、半年後(6月)には卒業か。その後のこともこれから決まる。来年のことをいえば鬼が笑う。

さて、実家から届いたそばでも茹でようと思ってたけど、間に合うかな。ぜったい間に合わないな。はい。よいお年を。

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アドベントカレンダーは始まらなかった

(この記事は全てネタです。多くのうちわネタが含まれ、読んでもなんの情報も得られません。)


ぼくはオフトゥンの中にいた。それだけがぼくの世界のすべてだった。世界はオフトゥンに満ち溢れ、そこここから暖かさが感じられた。そしてぼくはオフトゥンの中で世界中を旅した。ぼくは外国語のおしゃれな看板がかかった遊園地で、メリーゴーランドに乗った人々を眺めていた。その隣を流れる川では、三角の花火があがっていた。猫又とじゃれている妹が、ふとぼくのほうを見て笑う。
「お兄ちゃん、
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