ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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さらば2016年、たのしかったよ。

(投稿直前の追記:らららぎさんが「ちくわさん、ぼくから見たよ、ちくわさん」を書いてくださいました。)


今年は本厄だったのでびくびくしていたけど、高校卒業以来ではもっとも穏やかな年だったのではないだろうか。穏やかじゃないところがあるとすれば、あんまり人にはいってないけど、春頃に大学のことでひとつ大きな手続きミス(?)があって、そこがいちばん厄っぽいとこで、それでけっこう真ん中らへんは低空飛行でもあったのだけど、いっぽうでとても幸せなこともあったので、トータルとしては良い春、良い夏だったと思う。相変わらず抽象的なことばばかりが続くけど、いろいろとたいへんななかがんばれたのはあなたのおかげです、ありがとう。

そのあと秋冬は学業で忙しくなってきて、ようやく学生らしい過ごしかたをしていたんじゃないかな。この歳になってえらそうにいうことではないけど、先学期は量質ともに大学入学以来で最良の成績もとることができて、ほっとした。


人間関係的な意味での原点回帰にあふれる一年というのか、新しいコミュニティと知り合うみたいなことは少なく、これまで仲良くしてたんだけどなんとなく疎遠になってたような人とじわじわ再会して、またよく連絡を取り合うようになって、24歳の自分なりの距離感を見つけていくみたいなことが多かったと思う。

あと、中高の仲の良かった友達がまたふたりほど東京に引っ越してきた。ひとりは、また東京を去ってしまうけれど、全体としてみんな東京に集まってくるなあという感じだし、それもあって今年はわりと中高の友人と会った。今年はほんとうに、いろんな人間関係(いろんな文化)がぶつかり合わずに人生のなかにある感じだった。バランスというと味気ないけど、たくさん諦めかけてたものを、欲張りなくらい取り戻した。そのことだけでも、いい1年だった。

ちょっと昨日今日、身近なところでいくつかそれっぽい話を見たので抽象的に触れれば、依存とか自立とか承認とか後見とか、それこそ上京したてのころにねぎくんあたりとよく話してた。お互い、なんてぼくがいっていいのかわからないけど、あのころに比べるとずいぶん自分の足場を持てるようになったね、と思うし、そういう話もした。

(散々いろんなとこで書いてるので多くは触れないけど、一昨年はじまった合同文芸誌も、編集さんはじめみなさんのおかげあって今年も続いています。闇のカーテンの如く概念を織り成す彼とかモチベ強い人とかみんなのおかげで今年も楽しく創ることができました。ついでに今月は複数の妖怪にそそのかされて3週間以上ブログを更新してしまって、楽しい時間でした。ありがとうございます。)


ローカルに、具体的に、精神的なコストから逃げずに、プライドより速く、言い訳をいなしながら、というそんなことばの、理解がいくら深まろうとも、ことばだけでは届かないことも多く、アイドリングのまま進まないことが多く、それこそ怠惰だったのだけど、そんなときこそ周りを使えと、周りを頼れといってくれるひとたちがたくさんいた。というか、周りにいる人ほとんどからそれぞれ具体的に言われた気がする。たとえばねぎくんからは「自分ひとりで考えて突破するにはもう限界がきてる」みたいなことをいわれた、その通りだと思う。

あと、冬さんが「自分のことを考えてあげられるのは自分だけ」といってたのがすごく記憶に残ってる。自分だけなんだよなあ。ぼくは「ひとは究極的にひとり」と負の面を削るようないいかたしかしてこなかったけど、それはいいかえれば、ぼくへの配慮ができる可能性を唯一持ってるのがぼくだけということで、ぼくはそういうことを考えてこなかったんだなあと思った。ぼくにはぼくのことを考えられる力があるのだ。来年はもう少しそのことを考えていきたい。

いやはや、ことばは頼りにならないといいながら、こうやってぼくはまたことばを紡ぐしかできないのだなあ。最近はひとつひとつの表現なり弁明なりに、反省につぐ反省が3重4重に織り込まれているので、安易なことはいえないのだけど、まあなんというか、2017年はいっそうことばに生活が追いつくような人生を送りたいなと思う。備えとかな、コミュニケーションとかな、あと素朴にお金もな……ある程度は自分で稼がないとな……(今年のけっこう重要な反省)。


ここ数年、意図したものしてないもの含めて隠しごとチックなのが多くてどんどん元気がなくなっていくので、変なことにならないうちに現時点の今後の予定を公開しておくと、再入学のタイミングやらその時点の取得単位やらなんやらのこともあって、ちょうど1年半後の2018年6月卒業予定。

最後の学期を休学して3月卒業に揃うようにずらすとか、就職関係のことで細かい変化はあるかもですが、ひとまず在籍はあと1年半ほどで、みなさん(もう周りは社会人ばかりだぁぁぁ)にはもうしばらく遅れをとることになると思いますが、よろしくおねがいします。

書類上次の秋から4年生なんだけど、卒論の準備とかは春から4年生になる方々と同時期にちょこちょこと始める予定なり。ただしく忙しい年になりそうだけど、「適切な形で」心穏やかにすごせる一年になればいいなあ、まあ、来年はいい年になるだろう、なんとなくそんな気がする。

ではでは、1年の半分くらいロンパの話をしていた(何万字も書いた!)2016年にふさわしく、ダンガンロンパ3希望編の引用(?)でおわる。よいお年を。


 未来なんて、だれも見たことがない。
 ぼくらの行く先は、いつだって灰色の曇り空だ。
 希望も絶望も入り混じって、どっちがどっちだかわからない。
 それはとても怖いことだけど……
 でも、待っているだけじゃ、なにも変わらない。
 なにが起きるかわからない未来のなかに、ぼくたちは一歩一歩進んでいく。
 大切なひとのことを思いながら。
 空を見上げて、明日はきっといい日になる、って思いながら。


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22日目のアドベントカレンダーをはじめるよ

はじめに夢日記。

結婚後ののび太がやってきて新婚生活についてのブラックジョークを言っていったり、イノムと浄土宗は法然だっけ、みたいな話をしたりする。日本史選択じゃないから〜とこういうときだけそういうことをいってみる。起きてから思い出すと彼も日本史やってたか記憶が定かじゃないが。ちなみに浄土宗の話くらいは中学で習う、というかじゃなきゃ夢に出てこない‥…あと母親に怒られたりする、家の間取りが小学生時代の家。布団から這い出して眠いので隣の部屋でごろごろしてると、千代恋がやってきて、隣の田中さんの家に間違って荷物が届いてるかもしれないというので、二人で取りに行こうとして、でもパジャマだからと気づいて着替えようとして、よく覚えてないけど隣の田中さんの家に行く前に場面は転換した。気づくとクラス替えをしている。知らないクラスはいやだなあ、1組がよかったなあと思う、中学のとき3年連続1組だったからその記憶の残滓だろうか。新しく知り合った隣の席の女の子がとても優しくしてくれてテンションがあがるも、しばらくして「あの人はネカマだよ」と教えてもらってテンションがガタ落ちする。どう考えても現実に話をしてるのでネカマとかありえないのだが、そうした整合性は夢ならではである。夢のなかとはいえ結構本気で落ち込んだ。どんより。夢でよかった。あとなぜか黒崎さんが出てきた記憶もある。起きる直前のことはよく覚えていない。

おはよう。ここまでは実話、いや夢だから実話じゃないけども、とにかくね、それじゃあ12月22日のアドベントカレンダーをはじめるよ。

いやはや、夢というのは不思議なものだ。起きたらすぐに消えてしまう。断片はおぼえてるんだけど、すごい勢いでリアリティを喪っていって現実のロジックに暴力的に書き換えられる。昨日の夜より今朝の夢のほうが最近の出来事のはずなのに、ボクたちは昨日の夜のほうだけを覚えてて、夢のことは忘れてしまうんだ。

つまりさ、こういうことがいいたいんだ。ボクはずいぶんといろんなボクの連続で生きているような気がしてて、たしかにいろんなボクがいるんだけど、そのときに名指されるいろんなボクっていうのは、ボクボクボクたちっていうとただの一人称複数になっちゃうから、インドネシア語式に重ねてみたよ!でも「われわれ」もただの一人称複数だね……)のなかでも、やっぱり強いボクボクのことを思ってる。

今日は雨も降って、春みたいな気温だったからさ、春のボクが呼び出されてきて、不思議な感じだったんだけど(あほ山とばか山のあいだを通りながら、あ、山が禿げてるなあ、冬だからか、と気づいたのは、今日が春みたいな気候だったからかもしれない)、それでも、春夏秋冬のボクというのは、互いにべつのボクでありながら、それでも主流派のボクなんだよね。なんかもっと、夢のなかのボクみたいな、儚いボクもいるんだろうなって思った。

もちろん簡単にそいつらは出てこない。ブログを書くボクは、いくつかいてもやっぱり書くボクボクでしかなくて、そうそうマイナなボクボクに筆を執らせることはできないけれど、とはいえそれでも、毎日アドベントカレンダー妖怪が見張っててくれたおかげで、アドベントでもなければ書かなかったようなボクボクをたくさん呼べた。というか、全記事がそうだろう。ほとんど自己満足ではあったけれど、なかなか楽しかったよ。まだあと数日あるけど。

いろんなボクを呼ぶためには、それを呼ぶための文脈が必要で、その文脈を置くためには、なんていうんだろうね、それなりに安心感がないとできない。風呂敷を広げるためには広いスペースが必要で、怖くてガチガチに固まってるときってさ、とてもじゃないけどそんな場所を確保できないんだよね。

ボクはこの2年間、ずっとローカルであろうと言い続けてきた。よくおぼえてないけど、2年前にねぎくんと通話してたときにどちらからともなくそんな話になったんじゃなかったかな。あのころのボクというのはほんとうに世間というものが怖くて、社会というものが怖くて、その怖さはアカデミズムへの怖さと、おなじ構造を持ったものとしてボクのなかで重ねられていた。だから、そのころのボクにとって今よりずっと、そういう問題が切実だったのはなんとなくおぼえてる。

ローカルに生きるというのは、ボクひとりで生きないということであり、そして同時に世間のなかでも生きないということだ。いっけん無茶なようだけど、それを無茶だと思うところですでに罠にはまってる  ボクと世界という二元論にさ。たとえば市場原理信仰や科学信仰が強すぎて、そこから脱出するために極端に「ボク」に閉じこもる道へ進んでしまうみたいなこと。たとえば「社会に流布した価値観」を否定したいだけなのに「ボクさえ良ければなんでもいい」という独善的な思想を採ってしまうみたいなこと。

「『普通』の世界のすくいかた」から距離をおきたいのであれば、とりあえずは「ローカルな世界のすくいかた」を試すだけで良い、やけくそにならずとも、「仲間はたくさんいる」んだ、と、それがたぶん、2年前くらいに考えたり書いたりしてたことだった。時間が経ってみれば、ずいぶんと当たり前のことなんだけどね、あのころのボクはほんとうに疲弊してたんだ。

なんだかんだいってボクたちは、なんらかの価値観に身を浸すしかなくて、それはひとつより2、3あるに越したことはないんだけど、注意しなきゃいけないのは、それは「2、3」だからいいのであって、なんでもかんでも相対化して、ひとりで世界に立ち向かおうなんてしないほうがいいんだ、たぶんね。そしてその選んだ先というのは、間違いかもしれない、なんなら絶対に間違っている、ボクたちは神じゃないから、かならず間違う。だけど、間違わないことを目指すためにひとりになるよりは、間違っていることを織り込んで生きていくほうが、正しいとはいわないまでも、少なくとも「ボク向き」なんだと、そういまは思う。

数撃ちゃ当たるじゃないけどさ、いろんなボクを呼んではじめて、うまくいくこともある。それができるくらいには安心させてくれる場所がいくつかあって、ボクは本当に感謝してる。かっこうつけずにいえば、いい友達がたくさんいる、ありがとうってことだよ。これを読んでるだろうひとも、まず読まないだろう人も含めてみんなね。三日坊主なボクが22日もブログを書き続けられている(4年半の練物語史上、過去最長記録!)のも、キミたちのおかげだよ、ありがとう。

いつも心に中二病というのなら、まずはこういう中二病を、持って生きていこうよ。ボクはそうする。こちらからは以上だよ、厨二スピリッツにあふれるボクよ、還ってきたときに、また会おう。

できること

先週、2回連続で休講になった授業、先生がインフルエンザにかかっていたらしい。気をつけねば……。そういうわけでゲストスピーカーさん(代がかぶっててもおかしくないくらいの近い先輩だった)が改めてやってきて、いろいろお話があった最後に、アートのオークション、それもお金以外のものを使ったオークションをやってみましょう、というワークショップが行われた。

じっさいにアーティストさんがこうこうこういう作品ですと作品をプレゼンし、学生がそれにお金以外のもので入札していく。お金以外なので最後まで順列がわからない。インスタで写真を載せます、その作品がつくられるまでを描いた演劇をやります、100人規模のセミナーで時間を提供できます、実家から送られてきた箱いっぱいのみかんをあげます、歴史があるものつながりでへそのおと交換します、などなどいろいろ意見が出たが、「ぼくはつい作品に込められた物語を忘れてしまって、今回まわりを見てないことがよくわかったので、このスマホと交換します」というひとがいて、そのひとが落札して終わった。

スマホ、ほんとに渡しちゃっていいのか……??? と思ったけどまあそれはいいけど(よくない)、いろいろいわれてもつい脳内で金銭に換算して順位づけしてしまう癖が抜けず、貨幣から自由になるのは難しいなあと思った、というそれっぽい感想もまぁわりとどうでもよくて、ぼくがその模擬オークション(?)中ずっと考えていたのは、「自分になにができるか」をパッケージ化する度胸がぼくにはないなあということだった。

バイトしてるときとか、フリーペーパーの手伝いしてるときなんかによく思ってたけれど、自分のちょっとした能力みたいなの(ほかのシンプルな言い方がないのでとりあえず便宜的にそうかく)が発揮されるときって、ぜんぜん本業じゃないところ、つまり蕎麦をつくったり勉強教えたりとはぜんぜんべつのところで、食塩水の問題よろしくつゆの濃度を暗算できたり、エクセルで簡単な原価率計算表をつくれたり、pdfを結合するフリーソフトの存在を知ってたり、無許可で外でチラシを配っちゃ(ほんとうは)いけないということをわかってたり、文章を切り刻んで整理することに慣れていたり、その程度のことにすぎない。

そういうことが積み重なって多少は無価値ではない人間になったような幻想をみることはできるかもしれないけど、それは小さな問題がおきたときに「たまたま」対処できたり、小さな問題が起きることを「たまたま」予防できたりする程度のことであって、なにも問題が起きていないときに改めて聞かれて「ぼくはこういうことができる人間です」といえるようなものではない。だれしもそうだと思う。

もちろん能力というのは結果のことだから、それがもとから実在的にあるというのはそもそもへんてこなのかもしれないが、今回の「その作品をもらう代わりに、提供できるもの/こと」という文脈では、どうしても事前にパッケージ化することが求められるし、であればその枠組の中では確かに意味を持った「問題」になる。いっそ、これが比喩であれば、つまり現実中の会話なりのコミュニケーションの話であれば、たぶん文脈は相手とのすりあわせの中で決まっていくのだけれど、とはいえ、オークションの性質上こちらが声をあげるしかない。そこに金銭を使わないという縛りが入るのはなかなか面白い。文脈なしで使える価値こそ貨幣なのだから。

(ちなみにいえば、これはいわゆる就職活動などの場合とは明確に異なると思う、あれは向こうが使える人間を探しているというコンテクストがはっきりしているので、こちらからしかアプローチできないとはいえ事実上は先方がさきに声をあげている。)

自分になにができるか、をひとつの形式に落とし込んで、文脈抜きでひとに投げるような強さ、ぼくにはないなと思った。誤解のないように書いておけば、今日のような場ではなにかしら思いついたことはいったほうがいいし(それはコミュニケーションの問題だから)、考えること自体は楽しかったし、ほかのひとのを聞くことも含めとてもためになる時間だった。ただそれはそれとして、「できること福袋」を、コミュニケーションとは別のところで純粋につくることがぼくにはできない、ということを強く感じたという話で、それがいいことなのか悪いことなのか、書いててどんどんわからなくなったけど……どうだろうか、そういうのってみんなすぐ、思いつくものなのかな。

よい日だった

(日記断片、ハイコンテクスト、わかるひとにさえわからない)
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2016年12月16日

12月16日、金曜日。晴れ。洗濯機を回してから大学へ行く。本当は干してから行く予定だったけれど、干してると間に合わないので諦める。ひたすら川沿いを歩いて行く。自転車が今年三度目のパンクを起こしてから数ヶ月歩いて通っているのだけれど、自転車より歩くほうが気分が良い。冬は特に。道のせいもあると思う。

おにぎりとかパン程度なら食べる時間がありそうだったので、売店で適当に買って最初の授業の教室に急ぐ。今日はゲストスピーカーが来るんだったな、と思いながらドアを開けるとやたら人が少ない。おかしいな、前回休講だったのにまた休講なのかな、とパンをもふもふ食べていると、後ろのほうにいた子が「休講だって〜。とりあえずごはんだけ食べる」といってるのが聞こえてきた。また休講かい、ゲストスピーカーさんはどうなってしまったんだ……と思いながら、ぼくもとりあえずごはんだけ食べようと思ってもふもふする。一応正確な情報も調べて、たしかに休講情報が出ているのを見る。

そのまま場所を移動して、今日返す予定だった本を(持ってたので)読み始める。面白いので、返すのをやめて延長することが決まった(こうして返せない本が増えゆく)。近くで女の子が恋バナもどきをしているのが聞こえる。こういう空間で本を読むのがほんとうに好き。そういえば一昨日は似たような状況で誰かが逃げ恥を見はじめたんだったな……と思い出す。場所を変えたりしつつ時間になったので次のクラスへ行く。

休憩挟みつつも4時間ぶっつづけの枠で、きりすときょーがいろん。キリスト教系の大学にはけっこう同名の科目があるけれど、この大学の唯一の必修科目である(1年次の英語を必修と呼ばなければの話だが)。なんでまだ必修をとってなかったのかといわれると「とってなかったからとってなかった」としかいいようがないんだけど、まあ結果的に好きな先生のきりがいがとれてよかった。

授業は19時まででなのだが、今日はしょっかれーはい(検索避け)があるので早く終わりますといって18時すぎに終わる。18時半に始まると先生がいうので、図書館で一冊本を借りてから教会へ向かう。もう半が近いし入れるだろうと思ったぼくは、なにを思ったのか、裏口から入ってしまう。なんかまだぜんぜん始まってなくて、めっちゃ準備してて、ロビーに行ったら出入口閉まってるし受付の人は挨拶の練習とかしてるし、ぼくも関係者だと思われたのかなにもいわれなかったけど、これはやばい!!と思ってそそくさと逃げ出す。ひどい体験をした、100質のマヌケエピソード、これ書くべきだったと強く思った。

改めて正面に戻る。午後七時とでっかい看板が出ている。なんてこった。たぶん、18時半に開場なんだろうね。まだ待ってる人はちらりほらりしかいなかった。微妙に列ができはじめ、次に来た人に「(列は)ここですか?」と聞かれたので「そんなにちゃんと並んでないと思いますよ」と答えたところで扉が開く。受付の子たちから式次第とろうそくをもらう。ろうそく! ほんとに馬鹿な話なのだけど、「そうか、しょっかれーはいだから、ろうそくもらうのか」と思った。入学して何年経ってるんだって話だ。

この教会いつぶりだろう、入学式以来か、だとすると5年近く前か、ひええ、時の流れ! 「全員お揃いですか」という質問に自信なさげに「はい」と答え(1人も全員……1人も全員……)、前方に案内してもらう。待ち合わせの人がまだで……とロビーで待つ人も多かった。あまりに到着が早かったので、最前列に座れる。しばらくの間はあまり人が増えなかった。隣の子に話しかけてみると、さっきのおなじ授業をとっていたようで、ぼくとおなじく先生が「18時半から」っていったのに引っかかって早く来てしまったらしい。おかげで最前列に座れたのでまあ良かった、とぼくは思っていたけど、最前列だとほかのろうそくが見られない、とその子にいわれて、それは確かにそうだと思った。

そうこうしているうちにだんだんと人が増えて来て、管弦楽団の人たちが入って来る。めっちゃ近い。ほとんど指揮者が真横である。こんな近距離でオケを聴く機会あんまりないな……と思う。

パイプオルガンが響いて、礼拝が始まる。パイプオルガン! こないだの100質のせいでコナンを思い出してしまう。そういえば中学高校のミサのときは、キーボードだったけど、あれはなんだったんだろう、シンセサイザー? 電子オルガン? 懐かしいなあ。一気に十代にリンクされる。

(*中高はカトリック系なのでミサでしたが、ぼくがいまいる大学はプロテスタントなので礼拝はありますがミサではありません)

ルカによる福音書の、イエスが生まれるときの話が少しずつ読まれて、合間に管弦楽と合唱。そういえば、中高のときは吹奏楽しかなかったから、こういう場は合唱とオルガンだけというのが多かったけど、こういう場で管弦楽ってめっちゃいいなあ、と思った。音楽のことほんとうにわからないけど、ばよりんぞく好き。福音書、英語だけじゃなくてドイツ語とか北京語とかマンジャク語でも読まれるのが良かった。

じょいとぅーざわーるどの日本語2番以降の歌詞ってこんなんだったのかあと思ったり、先生のありがたいお話で「アドベントということばを聞いたことがあるのではないでしょうか」ということばが出て来て「ああああああ」ってなったり、しているうちに部屋が暗くなって、キャンドルが点火される時間になる。

ぼくの中高では中学1年生だけがキャンドルサービスをやる伝統があるので、今から11年前のクリスマスにはやる機会があったのだが、ぼくはたまたま文章を読む役を任されていたので、キャンドルやらなかったなあ、とか思い出してた。そのあとは見るだけだったけどじゅうぶんきれいだったし、それですらもう6年くらい前の話なのだ。まったく、不思議な話だ。

そもそもカトリックとプロテスタントだし、この大学の場合はアメリカ経由で来てるからその意味でも中高のそれとは来歴もぜんぜんちがうし、それはそうなんだけど、これだけ変化しても「帰ってきた」感を得られるあたりさすがは<変化しつづけることで同一性を保ち続けることに成功した普遍宗教>だなと、やたらローカルな規模でそんなことを思った。

いやたぶん、宗教云々の話以前のことだと思うけど。昔なぎささんが「どこにいってもいいんだよ、オーケストラはどこでもできるからね」といったときに、ぼくはそうやってどこでも同じことをしたいというものを持っていなかったのでたいそう羨ましく感じたけれど、そういう、どこにいっても同じ感というのは強いし、いざというときにめっちゃすくわれるなあと思った。

なんにせよ来て良かったな、と素朴に思った。なんでみんなしょっかれーはいにこんなぞろぞろと来るのかはわからないけど、たとえばもし、ろうそくがきれいだから、音楽が素敵だから、なんかみんな集まっていい感じだから、という理由だけで来ている人が一定数いたとして、それでこれだけ人が集まるのなら、それだけでじゅうぶんにすばらしいことのように思えた。

「メリークリスマス」
ぼくはろうそくの火を吹き消した。


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