ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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蛍光信仰(三題噺)

「君はなんのためにきてるの」


そのお姉さんは飾りつけの手を止めずに、そんなことをいった。


「なんのために、ですか」


一瞬、「なんのために生きてるの」と聞かれた気がしてしまったのもあって、答えるタイミングを失ってしまって、とりあえず復唱する。


「私たちは一体、なんのお祝いをしているんだろうね」


「なんの……。誕生日じゃあないんですか」


ぼくはお姉さんがなんの話をしているのかわからなかった。とりあえず、木々の間に、変な飾りのついた導線を通していく。途中、葉っぱが頭にひっかかりそうになって、慌てて身を屈めた。


「そう、誕生日というのはなんなのだろう」


お姉さんはまだそんなことをいっていたけれど、ぼくは次の導線をつなぐ木を確かめなければいけなかったので、それに応える余裕はなかった。お姉さんは、ぼんやりした口調のわりに、驚くほどのスピードで作業を続けている。ぼくもサボってはいられない。


……誕生日。


ぼくたちが定期的にお祝いごとをすることが定められた日のこと。前ということばが前ということばでしか説明できないのと同じように、君ということばが君ということばでしか説明できないのと同じように、誕生日は誕生日で、そこへ向かうことばを紡ぐことがぼくにはできなかった。


とにかく、飾りつけを終わらせなければいけない。また、あの光がやってくる。お姉さんはまだぶつぶつ言っていた。


「私たちが毎日見ているあの光。確かなのは、あの光があるおかげで、私たちが生きているということ。お祝いするのは当然、でも、ほんとうにそうなのかな」


あの光というのは、ぼくたちを照らしているあの神の光のことで、ぼくたちはそのために準備を進めているわけだ。今日は、光の終わりの日であり、光の始まりの日だから。あの光は、たくさん光る日もあれば、ちょっとしか光らない日もある。今日が、ひとつの区切り、誕生日なのである。


「この世界にしか生きていないんだから、この世界の摂理のなかで生きるしかないんだよね……


お姉さんのひとりごとを聴きながら、しばらくぼくは淡々と導線を木に結びつけていたが、ふと、違和感をおぼえて、目の前に残った木、木、木と、手許の紐を確かめる。どう考えても長さが合わない、余るならまだいいけれどこれは絶対に足りない……


後ろを振り返り、頭の中にぼんやりあった平面図と照合する。始まる前にお姉さんと確認した図。


「あっ」


原因がわかる。通らなくていい木を通ってしまった。お姉さんはぼくの声に一瞬こちらを見て、またすぐ自分の作業に戻った。どうする。今ならほどいてやりなおす時間はぎりぎりある……ほんとうにぎりぎりという感じだが……。周りをきょろきょろしても、誰しも自分のやるべきことに追われていて、ぼくが困り果てているのには気づく気配がない。時間だけがすぎる。


今からほどきにいくと相当面倒だ。たぶんどこを間違えたのかはぼくしかわからない。このままいこう。ぼくはそう言い聞かせ、どうやって誤魔化せば導線が足りているように見えるかを考えていた。


「少年少年、あの鏡の位置、あれでいいかな」


ふとお姉さんから声がかかり、ぼくは震え上がる。


「え、え、ああ、いいんじゃないですか」


「ちゃんと見てないでいってるでしょ。けっこう角度調節が繊細だからさあ、いっしょに確認してよ」


お姉さんは上着のポケットから図面をとりだしながら、ぼくのほうに歩いてくる。


「うーん、えっと、これがここでしょ。この位置からあれが見えてるってことは、これでちょうどいいのかな」


鏡を覗き込んでは図面を確認して、難しい顔をするお姉さん。ぼくはただただ、導線の張り方を間違えていることがバレないか、気が気ではなかった。


「こんな複雑な配線、昔の人はどうして考えついたんでしょうね」


ぼくはお姉さんの思考のリソースを少しでも圧迫するため、適当にそんなことを聞いた。こういうとき、話題を思いつくのが上手になればいいのに、と思う。


しかし、問うたことがぼくの疑問だったのもまた事実だった。縦横無尽に張り巡らされる、導線と鏡の迷路。ぼくたちはそれを配線と呼んでいたけれど、こんなに入り組んだ編み模様を、一朝一夕に思いつけるとは、とても思えない。


「私はリケイじゃないからわからないけど」


お姉さんはそんな前置きをした。ぼくにはまだよくわからないけれど、このお姉さんは大学というところに行っていて、そこで見聞きしたらしい難しい話を始めるときはときどきそういう留保をする。何度かしか顔を合わせていないけれど、このお姉さんはなんでも知っている。それなのに、どうして自分を低く紹介するのか、ぼくにはよくわからなかった。


「光の線と、リアルな導線、この組み方は、ほんとうに複雑なんだけれど、ある目的のために最適化された方法らしいんだよね。それがなんの最適化なのかはよく知らないけれど、おなじようなことをやみくもにやろうとしたら、この3倍も4倍もごちゃごちゃした配線になるらしいよ」


この3倍も4倍も。ぼくにはとてもじゃないが想像はできなかった。


「これはまだ、シンプルなほうだってこと」


「そうね、というより、なにかをシンプルにするためにベストな複雑さを持っているんだよ」


お姉さんのいっていることは、禅問答のようだった。


「この向こうに、なにかがある。私たちがやっているのは、手段の部分」


簡単なものを生み出すためには、複雑な方法をとらなければいけない。ぼくはなんとなく、さっきの配線を間違えたままにしていることは、もしかしたらとんでもないことなのではないかと思い始めた。


「あの光を正しく誘導できなかったら、どうなるんですか」


「わからない。だから私は、その先になにがあるのかを知りたいんだよ」


ぼくは頷きならがら、そろりそろりと適当な木に移動して、残りの導線をくくりつけた。もうどうしようもない。話しているあいだに時間も経ってしまったし、諦めよう。


「私たちは、『誕生日』のためにこのお祝いをする。なんども繰り返せるものというのは、複雑だからこそ、繰り返せる。これが繰り返しなんだってわかる。だけど、その先に、繰り返してまでやりたかったことがあるはずなんだよ」


お姉さんは、いちばん奥の鏡の角度を微調整している。光はここから入ってきて、まずこの鏡に反射する。あとは順々に鏡をめぐり、導線の回路とそれぞれ絶妙なタイミングで気が流れてゆくのだ。


「まあこんなもんかな。なんとか間に合ってよかったよ」


間に合ってないんだけど……まあ仕方ない。そろそろ、あの光がやってくる。その訪れはぼくたちには、どうしようもないのだ。


「あの光は、どうして日々移りゆくのかって考えたことはない?」


お姉さんが、光のやってくる方向を見つめながら聞いてくる。


「どうしてもなにも……そういうものなんじゃないですか」


「多くの学者が調べているけれど、原因はわかってない」


「闇の中ってわけですか」


「光の中って感じかな。ただ最近の研究で明らかになったことがあって、あれは本来変化するはずがない光だということ……


変わるはずのない光が変わってゆく。そういわれてもなんだかピンとはこない。ぼくたちの生活は、時事刻々移りゆくあの光を基準に営まれている。なんなら、時事刻々ということばがあの光で決まっているといってもいい。あの光が変化しないというのは、それこそ、時が流れないというようなものだ。


ぼくが話を理解できる形に落とし込むのを、光のほうは待ってくれなかった。不思議な白色光が、輝き始めた。


   ☆  


「いかにして管理するか、それが問題なんだよ。ぼくたちは太陽の生まれた日をお祝いして、それがいつかクリスマスになって、二千年以上続いてる。光というのは命の源だ。だからそのくらい、光の生まれる日を信じるというのは、生き物にとって強いモチベーションなんだ。だからそれを利用すれば、どんな複雑な回路も彼らは組んでくれる……そう信じてたんだけど」


「ぜんぜんプログラム走らないじゃないですか、失敗ですよ失敗」


「おかしいなあ、こないだやったときは何度も成功したんだけど」


「はいはい、言い訳はいいから。人工知能に擬似宗教をつくりだすなんて無謀だったんですよ」


「なんでだろうなあ、どこの世界にも、サボる奴はいるんだなあ」


「やっぱり手抜きせずに、自分で配線を組みなさいってことですね」


「ちぇ、いい方法だと思ったんだけどな……」




#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161223
21:00-22:00
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「誕生日」「蛍光」「方法」

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わたあめ前夜(三題噺)


「私、身を固めることになったんだ」

とても肌寒い日の夜、ぼくのもとを訪れた妹はそういった。今夜はほんとうに冷え込んでいて、ぼくはブランケットにくるまってぶるぶると震えていたので、妹がなにをいっているかわかるまでにしばらく時間がかかった。

「ええと、そう、それは、よかったね」

まずぼくの口から出てきたのはそれだった。

「わざわざここまで来るなんて、びっくりしたけど……そうかあ。どんなふうになるのかな」

妹が会いにくるのは久しぶりだった。特に、ぼくが雲にいるときに訪れるなんてことはあまりなかったはずだ。彼女としゃべるのは、地上でのことが多い。

「まだ完成形は決まってないんだけど……ひとまず固まってみることにした。たぶん、白い飴になるんじゃないかな」

「白い飴、いいじゃん」

「そうなのかな」

珍しく妹は歯切れが悪かった。

「だって、白だぜ。世の中には黒飴とかあるけど、あんなのど飴なんかとちがってさ、白は素敵な色じゃんか。それに白は……ほら、お祝いの色じゃんか」

ぼくは苦し紛れに適当な印象操作をする。たしかにこの下の国だと黒は喪で白は祝いごとって感じではあるけど、お隣の大陸にある大国では白は葬儀のイメージだったりするから、そんなのほんとうは文化による。

「そうだね、色はいいんだ。色はいいんだけど……」

彼女はことばを探してしばらく黙ったあと、ぽつりといった。

「お兄ちゃんはいいよね、どこでもいけるんだもん」

それは、妹の昔からの口癖だった。確かにぼくは、海にも空にも、この島国にもあの大陸にも、どこにでもいくことができた。あるいは、世界中を巡っていることこそが、ぼくという存在そのものだったのかもしれない。だけど、今日聞くそのことばは、いつもよりずっと重みを持って感じられた。

「私は、千歳飴にもなりたかった。この時期なら、クリスマスキャンディにもなれたかもしれない。ううん、もっとすごい、飴細工みたいな生き方もあったかもしれない」

ぼくだってわかっていた。ちゃかしてはいたけれど、本当に彼女が気にしているのは、白という色のことなんかじゃなくて、水飴から飴へと固まってしまうこと、ひとつの形をとってしまうことへと怖さなのだ。それは、いつまでも世界を循環しつづけて、ひとつの姿に身をやつすことのできないでいるぼくにはよくわかった。

「私はお兄ちゃんみたいに、世界中のひとにわかってもらいたかった」

彼女の告白をきいて、ぼくは自分が彼女にかけることばを持っていないことに気づいた。彼女のほうが、ぼくなんかよりずっと悩んでいたのだ。ぼくが世界中で逃げ続けているあいだに、この子は……。

「世界中にいったって、もう誰もわかってなんかくれないよ。この国は水不足だって忘れてるし、それよりは」

それよりは、おいしいキャンディでも口に入れたいと願っているだろう。ぼくのことなんて、誰も気にしていないのだ。ぼくはなんにでもなれたが、なんにもなれなかった。

「白の本質は〈塗れる〉ことだと思うんだよ」

「お兄ちゃんの本質は〈濡れる〉ことだね」

「妹に下ネタいわれると反応に困るんだよなあ」

「下ネタじゃないよ!」

わかってるわかってる、雨のことな。

「つまりさ、白いっていうのは、これからなにか別の存在がやってきたときに、塗り変えられる備えができているってことだと思うんだよ」

ぼくは話を戻し、独白を続けた。

「ぼくみたいなやつは、純粋であること、純水であることを、最後の砦にしてる。だから、見慣れないものは必ず不純物になってしまう。どんな固有の世界も、ぼくにとっては自分を〈濁す〉ものでしかない」

透明というのは、向こうが見えるということであり、そこになにかを加えるというのは見えなくなっていくということ。存在価値を失うことである。ぼくは、不透明になるのが怖かったのだ。それこそ白色だとしても、目に見える存在になることが怖かったのだ。ぼくが自分を濁されることを恐れている間に、飴はこんなに大人になって、これから、鮮やかに生まれ変われる準備を整えた。そういうことなのだと思う。

「お兄ちゃんだって……というより、お兄ちゃんのほうが、なんにでもなれるのに」

「なんにでもなれるということと、なんにでもなれる準備をしていることは、たぶん大きくちがうんだよ」

ぼくはそんなことしかいえなかった。この子は昔から、ぼくに甘えるのがうまかった。それは飴だからかもしれないし、妹だからかもしれない。今日もぼくに、なにかしらの形で甘えにきたのだろうけど、残念ながら、そんな妹にぼくのほうが甘えてしまったのかもしれない。いつだってそうなのだ。

「お兄ちゃんに会いにきてよかった。私たぶん、わたあめになるよ」

「わたあめ」

ぼくは無意識に復唱して、ゆっくり上を見上げる。この子は、ずっとずっと、なんにもできなかったぼくの姿を見てきたから、なにかはできる存在になることを決めたのだと思う。末っ子というのは、そういうものだ。強かで、現実をまっすぐ見つめている。もちろん、本人にそういっても、白々しく白をきって、そんなことないよというのだろうけど。

「私、こんなふうに、ふわふわで真っ白な、わたあめになる。初詣の屋台でもいいな」

ぼくは、ふわふわな雲を見つめながら、なにもいえなかった。

「小さいころ、お兄ちゃんが私に言ってくれたこと、覚えてる?」

どんなこと、とぼくは真っ白な天井から目を離さずに訊ねる。

「『飴には、人を幸せにする力がある。ひと一人分の幸せを、お前は持ってるんだよ』」

 *  *  *

空が白んできたころ、妹は帰っていった。

ぼくはゆっくり立ち上がり、雲の下の世界を見下ろす。
ここは肌寒いけれど、地上も今日は冷えているのだろうか。

「氷点下になってたらいいな……」

なんだか今日は無性に、白に染まりたかった。



#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161220
21:00-22:00
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「飴」「同胞」「白」

回れよ回れ(三題噺)

「起きてください」

心地よい眠りだったような気がするのに、俺はそんな声に起こされる。目を開けると、一匹のハチが鼻に止まっていた。思わず、目を見開く。叫ぼうか、慌てようか、と迷ったあと、ここはおとなしくすることにした。

「ご心配なく、私はあなたに危害は加えません。針は大切ですからね」

ハチはそんなことを言って、鼻から飛び上がり、空中を旋回する。ハチの動きにつられて周りを目線を動かして、ようやく周囲の状況がわかる。白い。ひたすら、白い部屋にいる。壁も、床も、天井も、なにかの間違いのようにように真っ白だ。

ただひとつの例外といえるのは、俺の足元の方向にある巨大な窓だった。俺は上半身を起こしてその窓をのぞいてみる。これまた、気味が悪いほど均整のとれた、まんまるの窓。そしてその向こうに見える風景は、なんだかよく見えない。窓の外が屋外かどうかもよくわからないが、天気でも悪いのか、あるいは夜なのか。それは暗いというよりも、混濁しているように思えた。

「誰しも人生のうち一本だけは物語が書けるといいますね」

ハチが唐突にそんなことをいう。

「自分の生涯を語るストーリィのことですね」

俺が反応しないのを見て、ハチが補足説明を加える。なにか返さなければ、こいつはこの調子で演説を続けるのだろうか。俺はそんな話などどうでもよかった。

「ここはどこだ」

改めて疑問を口にしてみると、ずいぶん間抜けなかっこうになった。俺は慌てて、自分の考えを付け加えた。

「つまり、ここは死後の世界なのか、という意味だ」

「死後、ふうん。ぶんぶんぶん」

ハチはそれだけいって、また黙って俺の周りを旋回する。黙っていても、ぶんぶんとうるさいのだが。

俺は、今度は後ろを振り返る。あいかわらず真っ白な壁だったが、床にお盆を見つける。相変わらず真っ白だ。お盆にいくつか乗っているあの杯はなんだろう。なんの変哲もない杯だが、俺はどうしてだか興味をそそられた。

「ここが死後の世界なら、あなたの物語は誰がきくんでしょう、私ですかねえ」

ハチのことばを無視して、俺は訊ねる。

「あれはなんだ」

「あれですか、あれはねぇ、わかりやすくいえば、洗剤ですかね」

洗剤。俺は手を伸ばし、杯をひとつとって顔に近づけてみる。なんだか甘い匂いがする。たしかに洗剤の香料にも思えるけれど、これはどちらかというと……。

「蜂蜜?」

その連想は、あるいはぶんぶんと俺の周りを飛び回るハチによるものだったのかもしれないが、いずれにせよその杯を満たしている液体は、どうも口に入れられるようなものの気がしたのだ。いや、というよりも、これは、俺がずっと飲みたかったもののような気がする。

「飲んでいいか」

「ええ、いいですよ。あなたのものです」

俺はハチのことばを待つまでもなく盃を呷った。素晴らしい甘さが舌を通して脳を刺激する。これだ、という気持ちとともに、視界がクリアになっていく。視界……?

窓のほうに目をやって驚く。窓の向こうが、霧が晴れたようによく見えている。そして、そこに見えるのは俺がよく知っている、会社の風景だった。そしてそこに、俺の姿が見えた。

「あれは……」

「回れよ回れ思い出は、ってとこですかね。ぶんぶんぶん」

だめだ、こいつはぶんぶんしか答えない。

窓の外のオフィスには、「俺」以外の姿はないようだ。俺は俺自身の姿を真横から見る形になる。この眺めは、部長の席の真後ろにある窓からの眺めだろうか。「俺」はパソコンに目を向けているが、どうも落ち着きがない。そしてそのままマウスを動かし、震える手でキーボードを叩いている様子が目に入ってくる。

「ああ、これは……」

思い出した、いや、思い出すまでもなかった。

「なるほど、最後のなんちゃらってわけか」

俺はハチのほうを向く。もっとも、ハチは飛び回っているので、視界からは一瞬で消えてしまうのだが。

「いえいえ、そんなややこしいことではありません。これは洗濯機ですよ」

「洗濯機?」

最後のなんちゃら云々というのは少し特定の宗教に寄りすぎかもしれないが、とはいえ何かしらの意味で、俺が裁かれる場面にあるものだろうと思っていたのに……洗濯機?

「ええ、そうですよ。あなたはいま、自分がしたことをよく理解したはずです」

たしかにそうだった。そして俺は心から、自分のしたことを悔いた。生まれて初めて−−死んでようやく。

「だからこそ、これはなにかそういう儀式なのかと」

「儀式なのは儀式なんですけどねえ、だれもあなたを捌きはしませんよ。まあ、面倒なのでほかのも飲んでください」

ほかの、というのは杯のことだろう。俺はいわれるがままにそれを口にした。2杯、3杯。ガムシロップのような味のものもあれば、和風の懐かしい味のものもあった。その甘さが全身に染み渡り、俺はこれ以上ないくらいに心が澄み切っていくのを感じた。いまならなんでもできそうだ。

「なるほど、これは洗濯機、そしてこれは洗剤なんだな」

「そういうことです、今日も今日とて、説明する手間が省けました」

暇だからときどき先に説明しちゃうんですけど、とハチはぶんぶん続けた。

「俺はここで心を洗われ、次の世界に生まれ変わる」

「そういうことです、なぜなら……」

「なぜなら、さまざまな思想のシロップは、良くない思想と混ざり合う」

「そうです、さながら……」

「さながら、油汚れを落とす洗剤のように」

残りの3つ、4つの杯も全て飲み干す。俺はこの世界の真理に到達した気がした。それをハチに話しても無駄だろう。こいつに理解できるとも思えない。

「はあもう、そういうのがいやなんですよ、けっきょく私の存在意義がなくなっちゃいますからね」

「見えるは、わかる。わかるは、見える。だからこその、思想のシロップ」

素晴らしいと思った。このまま、あらゆる思想が俺に染み渡った状態で次の人生が始まれば、俺は全てを動かせる。自らが小さな悪に手を染めることなどないばかりか、世界に平和をもたらすことだってできるだろう。この思想、この心があれば、きっとできる。俺には確信があった。

「ともかくこれで、あなたは真っ白に生まれ変わるわけですね」

ハチがなにかぶんぶんいっているが、知ったことではなかった。なんて素晴らしいんだ。これだけのものが見えれば、文字どおりに完璧じゃないか。俺には全てが見える。窓の外も一段とクリアに見える。なにやら大男が立っているのが見えた。

 *     *     *

「汚れ、ちゃんと取れたみたいだな」

神は慣れた手つきで、「脱水・乾燥」ボタンを押した。



*回れよ回れ思い出は:「観覧車回れよ回れ思い出は君には一日我には一生」栗木京子)

#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161216
22:30-23:30
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「蜜」「洗剤」「窓」




願いの人形(三題噺)

「ぼく、これ鳴らすの子どものとき好きだったなあ」

「あ、わかる。あたしも」

俺の前を通りすぎていったふたり組が、大げさな手つきでがらがらと鈴を鳴らす。つづけて、おのおの肩にかけた鞄から小さな人形を取り出す。俺の目からでも、人形に光沢があること、材質が木でないことがわかる。最近はどいつもこいつも、自然の素材を使ってこない。まったく嘆かわしい話だ。

ふたりはしばらくお互いの人形を眺めていたが、そのまま賽銭箱の中に落とした。女は財布から小銭を投げ入れ、男はポケットをまさぐって小銭を取り出し、同じように投げ入れる。

ぺこり、ぺこり、ぱん、ぱん。不揃いに礼と拍手をして、両手を合わせたまま目を閉じる。人間というのは、左手と右手で微妙に大きさや形がちがうらしいが、もちろんそれを厳かに確認している仕草ではない。

「なにお祈りした?」

「早いよ、まだ終わってないのに」

「あれ、ごめん」

「まあいいよ、だいたい終わったし」

「で、なにお祈りしたの?」

「教えませーん」

ふたりは楽しげに笑いながら、もと来た道をも引き返す。俺には目もくれずに通りすぎ、鳥居のほうへ。そうして、石段を降りていくところで、俺の視界からは消えた。今日はこのくらいで終わりだろうか。まったく、今日も今日とて退屈である。

「いやはやぁ」

と、本殿のほうから少女が飛び出してくる。

「まったく、近頃は身勝手な神頼みが多すぎるよねぇ」

少女の口ぶりは自己完結的で、特に同意を求めているというわけでもなさそうだったが、一応はこちらに顔を向けているので、俺はリアクションをとることにした。

「どんな頼みでも聞いてくれるから神様なんだ、ごちゃごちゃ言うな」

「別にアンタにいったわけじゃないよぅ」

やっぱりちがったらしい。

「そうはいっても、なんでも聞いてくれるから神様なんだってのはそれはそれで面白い話だよね。こうやって変なことを頼む先がいるからこそ、私はこうしてここにいるわけだしねぇ」

彼女はそういいながら、賽銭箱を開け、参拝者が入れていったふたつの人形を手にとる。目に近づけたり、太陽に透かしたりしていたが、やがて飽きたように元に戻した。

「どうだ、今日のは」

「どうもこうも、最近はずっとこんな感じだよぅ」

少女は片足で飛び跳ねながら、鳥居のほうへ進んで行く。シャツにジーンズにスニーカと、神社にそぐわない「現代的」な格好だから、こうして跳ねているところを誰かが見れば、近所の子どもが遊んでいると思うかもしれない。容姿だけでいうなら、歳のころ十四、五、といったところだろうか。もっとも、彼女の見てくれに関して歳の話をしても仕方ない。

「ふぅん、もう帰っちゃったかなぁ、ここからじゃ見えないねぇ」

どうやら石段の下を覗いていたらしい。

「わざわざ〈目で確かめる〉ような真似をしなくたって、お前ならどこでも、それこそ遠い世界の果てにいる奴の姿だって見ることができるだろうが」

「ふっふぅ、それを〈見る〉というのならだけれどねぇ」

少女はけたけたと笑い、右足を軸にくるりと1.5回転してから、こちらへ歩いてきた。

「アンタたち狛犬くんだって、別に生き物としての犬の目玉がついてるからこの世界が見えるというわけじゃないでしょぅ。語るためには視点が必要なんだよぅ」

相変わらずわけのわからないことをいう。

「何度も言わせるな、俺は獅子だ。あんな犬っころといっしょにするな」

「狛犬だよぅ。あっちとこっちで区別するなんて、めんどくさいもん」

どうせアンタのほうしか喋れないんだしねぇ、と少女はまた笑う。俺はため息をついた。こいつがこの姿で現れるようになってから、もうずいぶんと経つが、俺はいっこうにこいつの調子に馴染むことができずにいる。

「頼むから、たまにはまたジジイのカッコで出てきてくれよ」

「それはもう、人間たちに頼むしかないよぅ。狛犬くんも知っての通り、私がこの姿なのは、彼らのおかげなんだからぁ」

そんなことは百も承知である。こいつは、民衆の抱く印象によって姿形が変わる。昔々、まだこの少女が来ているこんな衣服がこの島国になかったころ、こいつはもっと威厳ある存在だった。いや、おそらく数十年前だってそうだったろう。それがどうしたことだ。

「私はこれ、気に入ってるんだけどねぇ。萌えっていうの? 最近はそういう神社もときどきあるらしいからねぇ。参拝客も増えて、いいことづくめだよぅ」

「おかげで、変な願いをしてくるやつも増えてるんじゃないのか」

そうなんだよねぇ、と彼女は先ほど放置した人形をもう一度、両手でころころと転がした。ちょうど、人間が竹とんぼで遊ぶような仕草である。

「もう、どっちがどっちかわからなくなっちゃったよぅ、こんなに似てるんだもん」

「また〈すりーでぃーなんとか〉ってやつか」

「3Dプリンタ、だよぅ。便利な世の中になったもんだよねぇ」

この神社には、昔から捧げものとして人形を置いてゆくという風習が残っている。それがどんな理屈に由来するものなのか、一狛犬にすぎない俺には知る由もないが、ともかく昔から人形が置いていかれるのである。

ところが、近年になって、人形がある理想形に近ければ近いほど、願いが叶いやすいという噂が流れ始めた−−らしい。俺も、参拝客の話をきいただけだけれど。それでも当時は、まだみんな手作りの人形を持っていたから、形も大きさもまちまちだった。理想形があっても、それを作ることなんてできなかったのだ。

「参ったなぁ。これじゃあどっちの願いも平等に叶えないといけないよぅ」

困ったようなセリフを、特に困ってもいない口調で口にする少女。同じ設計図をもとに3Dプリンタとやらで出力されたのであろう、二体のつやつやの人形は、俺の目からも瓜ふたつとしかいいようがなかった。

「ふん。人間の願いなんて、適当に叶えときゃいいのさ」

俺はこれまでにも何度もそう助言してきた。今となっては、ほとんど惰性である。

「そうもいかないよぅ。最近は、みんないろいろ考えるからねぇ。なんであの子はうまくいって、自分はうまくいかないの、とかねぇ」

「そんなもん、そいつの努力不足か、さもなきゃ運が悪かったのさ」

「その運を左右してるのが、私って思われてるんだけどねぇ」

「誰もが三者三様の人形をこしらえてたころなら、人形の出来不出来のせいにできたんだがな」

それだって、ずいぶん乱暴な話である。人間というのは、勝手なのだ。

「本当にそうだよぅ。こんなに似てるんじゃあ、片方の願いだけが叶ったときに、誰のせいにするのぅ」

少女は朗らかに続けるが、人形を手放さないところを見るとほんとうに困っているらしい。

「個体値、ってのがあることにすればいいんじゃないか?」

「こたいち?」

「前に、携帯ゲーム機っていうのか、あれで遊んでるガキがそんな話をしてたんだよ。同じ魔物でもそれぞれの個体で個体値がちがって、それはそういうもんなんだ」

「神聖なる神社でゲームなんてだめだよぅ」

「同じように見える人形にも、ちがう個体値がある。その個体値を割り振る存在がお前なんだ」

少女は理解したのかしていないのか、空を見上げている。いや、こいつが理解しないことなどこの世にあるわけがない。考え中といったところか。人間がそんなことで納得するだろうか。俺はすると思う。あいつらは、自分を特別な存在だと思うことにかけては他の生物を圧倒するのだから。

少女はしばらくそうしていたが、

「それで、いっかぁ」

ぽつりと呟いて、ポケットからマジックを取り出し、人形に数字を書き始めたのだった。



#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161214
21:45-22:45
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「個体値」「神社」「プラスチック」

セロハンの街(三題噺)


怠け者にとって箪笥というのは、物を積むための台座と大差ない。洗ったセロハンをきれいにたたんで仕舞ったりなんてめったにしないから、ふだん使わないセロハンが箪笥に残されて、よく使うセロハンはベッドの端に乱雑にばらまいてある。さすがに年末にでも整理しないとな、と考えながら、僕は身支度を整えた。

玄関で靴を履く。時間にはまだ余裕があったので、逆にそわそわしてしまって、財布、携帯、と口に出して確認してみる。こんなことをしても、リストを作っているわけではないので、なんの確認にもなっていないのではないか、とぼんやり思う。ええと、いつも使っているセロハンはたいていカバンに入れっぱないしにしていたけれど、家を出る直前でせっかくの休みだしと思い直し、4、5枚の新品のセロハンの封を切った。まぁ、こんなものでいいだろう。

外は身を切るような寒さだった。ここ数日、びっくりするくらいに寒い。せめてもの慰めにと、暖色系のセロハンをいくつか組み合わせてはいるけれど、それが効果を発揮しているとは思えなかった。このテクニックを教えてくれた家庭科の先生に会うことがあったら、文句をいってやろう、と心に決めた。

石段をのぼり、大通りに出る。まだ寝ている人も多そうな時間ではあったけれど、道にはちらほらと人が歩いている。僕が気にしていたせいかもしれないけれど、赤やオレンジのセロハンをまとった人と多くすれ違ったような気がする。

一度も入ったことのないパン屋の前で、三十代くらいのおじさんがセロハン巻きを吸っている。僕はすれちがいぎわに自分のセロハンを少し剥がして、その煙をこっそりもらう。甘く懐かしい香りがした。自分で吸うことはないけれど、セロハン巻きの香りは好きだ。

街に向かう大通りは緩やかな下り坂になっている。僕はのぼり坂のほうが体のバランスがとりやすくて好きだ。だけれどこの道は、車のヘッドライトが道行く人のセロハンを照らしている風景を一望できるので、例外的にお気に入りだった。排気音とエンジン音。うまく響きあうものもあれば、ただうるさいだけの音もあって、それが僕の時間を無視するように何台も、何台も、通りすぎてゆく。通りすぎるという暴力的な登場をするわりに、しばらく視界のなかをずっと直進しているので、かわいいやつらだ、と思った。

駅が見えていたあたりで少し横に折れて、小道を進む。このあたりまでくれば裏道を通ったほうが早い。目的地の公園が遠くに見えて、目を凝らすともうすでに見知った顔がいた。腕のセロハンで時間を確認する。待ち合わせ時間にはずいぶんと余裕があるから、あいつも早く来てしまったんだろう。

「寒い」

待ち合わせ相手のトオルは僕を見つけるなりそれだけを口にして、そのまま黙り込んだ。これ以上しゃべるのも寒い、という意思表示のようだ。

「とりあえず『それいゆ』にいこうか」

彼が無言で頷いたのを確認して、そのまま公園を出る。こいつはどうも身勝手なところがある。寒いとわかっていたんだから、公園で待ち合わせなんてせずに直接「それいゆ」に集合すればよかったんだ。僕はなんだか腹が立ったが、たぶん寒さのせいだと思って、いちいちことばにはしなかった。

公園を出るところで、彼が立ち止まった。

「どしたん、はやく行こうよ」

彼の視線の先をたどると、お地蔵さんがある。公園の入り口に昔からある謎の石像だ。そのお地蔵さんの手や首にセロハンが巻かれている。寒そうだからと、誰かが巻いたのだろう。そのくらい寒くなってきたのだな、と僕は思った。そんなものを見せられては腹立たしい気持ちもどこかにやるしかなく、僕はカバンから今日封切りしたばかりの小さな朱色のセロハンを取り出し、お地蔵さんのお腹に貼りつけた。トオルが「そこかよ」みたいな目で僕を見たあと、彼はポケットから引っ張り出したくしゃくしゃのセロハンを、お地蔵さんの背中に貼りつけた。ぼくは「そこかよ」みたいな目で見た。

公園を出て、「それいゆ」に入店する。あたたかい。体が溶けてゆくような感じがする。僕は何枚かセロハンをはがして、ひと息つく。彼はホットコーヒー、僕はココアを注文する。コーヒーなんていう苦くて得体のしれない液体を、よくこいつは毎日のように飲めるものだ。

窓際の席だったので、注文を待ちながら外をぼんやり眺める。犬を連れた女子高生が、キラキラ光る黄色のセロハンをたなびかせながら横切って行った。

「このセロハンをぜんぶはがしたらどうなるのかなあ」

突然向かいに座ったトオルの声が聞こえて、僕はびくりとする。
慌てて彼のほうを向きなおるが、彼は店内を眺めているので、どうやらあの女子高生の話ではないらしい。

「ぜんぶってなに? どのセロハン?」

「いや、どのセロハンでもいいんだけどさ」

先にふたつめの質問にだけ答えて、またぼんやり、今度は天井を眺め始めた。
ほんとうに勝手なやつだ。

「お待たせいたしました」

店員さんがコーヒーとココアを運んでくる。

「どうも」

トオルはなにもいわずコクリと頭を動かした。
たぶん、店員さんには髪の毛が暖房の風で揺れたようにしか映らなかっただろう。

「で、ぜんぶってなに?」

僕は冷え切った手をマグカップで温めながら訊く。

「ぜんぶはぜんぶ。セロハンをはがしたときに何が見えるのか、気にならない?」

トオルはテーブルの端のセロハンを2、3枚ちぎってコーヒーに溶かす。

「いや、だから、ぜんぶってなに……? そんなことありえないだろ、つまりその、原理的に考えて」

〈原理的に考えて〉は、最近おぼえた便利なフレーズだ。

「でも、はがしたり貼ったりできるんだから、ぜんぶはがせば元が見えるはずじゃないか」

彼はまた新しいセロハンを手にとって、ふたつに裂き、よっつに裂き、テーブルに置いた。

「入れないのかよ、もったいない」

「俺はさあ、太陽が見たいんだよ」

彼は僕のことばを無視して、わけのわからないことを言った。

「太陽なら、見えてるよ、ええと、この席からだとちょうど見えないみたいだけど」

「そうじゃないんだ」

彼はゆるゆると首を振った。

「見えてないんだよ。俺たちは。俺たちが見ている太陽は、何枚も、何十枚も、何百枚もセロハンが貼られた太陽だ、そうだろ?」

僕は彼がなにをいっているのかさっぱりわからなかったので。とりあえずココアを飲んだ。何枚? 何十枚? セロハンを数えることに、なんの意味がある? セロハンは貼るか剥がすか、せいぜいがその程度のものだろう。

「俺はすべてを剥がしたいの。すべてを剥がした向こう側を見たいの」

「すべてなんて……担任の先生を困らせる小学生じゃあないんだから」

彼は僕を見て、少し言い淀んで、ひとことだけ哀しそうにつけくわえた。

「最近、なんだか寒いんだ。そうじゃないか」

それは、今日はじめて僕が賛成できることばだった。だけど、彼がなにをいっているのか、やっぱりわかりたくない気がして、僕はゆっくりココアを飲みながら、窓の外の、見えるはずのない太陽を目で探していた。



#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161212
21:00-22:00
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「太陽」「街」「セロハン」
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