ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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101回目の三日坊主

三日坊主だったなぁ…。
結局、3日まで書いて、もう3週間記事を書いてない。

そういえば中学の頃ある先生が

  三日坊主でもいいんです。 
  三日坊主でも、100回やれば一年になる。

なんて言っていた。
大学受験の時にも思い出したりしたものだった。


最近、そんな生活をしてる気がする。
これをずっと続ける!なんてしっかりした主軸は何も見つからなくて、
でもとりあえず何もしないことは怖いから、何かしら興味のあることを気の向くままにやる。
続けるのは怖い。
止まるのも怖い。
三日坊主。


本当は、以前からずっとそうだったのかもしれない。
ただ、今書いたような後ろ向きな理屈はもっていなかったし、
動いていようがいまいが安心できる環境にいたというだけのことで。


高校を卒業して、慣れ親しんだまちを離れて。
それなりに長く続けた受験勉強も終わって。

そうそう、中学から仲の良かった友人が二人、寮に一緒に住んでいるけれど、そのうちの一人はこの夏 寮を出る。

こうやって だんだんよりどころってのはなくなっていく。
どこへでもいいから走っていないと、どんどん不安になっていく。


地元でアマチュア演劇をやっている方が、あなたにとって芝居とは何かと問われたら「人生で最高の暇つぶし」だと答える、と言っていたのを思い出す。

それを聞いた当時の僕は正直意味がわからなかったけれど、今なら少し心にひっかかるものがある。
人は、このもやもやした不安から逃れるために、とにかく動いてるんだろうか?

どっちにしても、そういう不安にかられる暇もないほど次々いろんなことをやっている人は、こんなことを考えることはないんだろうな。
中高時代の僕のように。


まぁ、幸か不幸か世の中には、三日ごとに興味を変えても一生では処理きれないほど多くの世界があるらしい。(これは誰の言葉だったっけな)
ぐだぐだいいながら、何かをつかむまで三日坊主を100回でも1000回でも繰り返せばいいや、って気にもなる。

べつに それが
いやなわけじゃない。
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はちみつの分解

ある日 twitterのタイムラインを眺めていると こんなツイートが流れてきた。

 

今まで分からなかった。
Beeって「はち」っていうんだね。
だから「はちみつ」っていうんだね。

(※原文そのままではない)

 

一瞬何のことかわからず、しばらく考えて「あぁそうか」と気付く。
その人は外国の方で、『honey』=『はちみつ』という日本語単語を先に覚えていた状態で『はち』という単語に出会ったのか、と。
日本人からすると、『』と『』という言葉が先にあってそれをくっつけて『はちみつ』なんだけど、英語の場合は『honey』と『bee』を組み合わせて『honey bee(みつばち)』。
だから、はちみつを分けるって発想は不自然なんだよね。面白い。

 


さらに今日、一文字のハングルで表せる韓国語をひたすら書き写していたら、その中に偶然『はちみつ』=『꿀』がでてきた。
うーん1文字ってことはさすがにこれもこれ以上分けられないよなーと思いつつ蜂を調べてみると、蜂は『벌』らしい。
さらにその二つをくっつけて『꿀벌』にするとみつばちの意味になるから、これは honey + bee = honey bee のパターンか…。

 

 

面白かったのでついでにロシア語を調べてみたら、
はちみつ=мёд
みつばち=пчела

別の単語か…ぐぬぬ…

日本語を並べてると先入観が入って激しく違和感が…(´・ω・`;)

 

手元にロシア語の辞書があるわけじゃないのでこれ以上調べるのはここで中断したけど、みつばち≒蜂なんかなぁ。


……あれ?でもそれ考えたらBeeだってミツバチって意味じゃないっけ?
英和を引く。
案の定『みつばち』も 広義の『はち』もあった。
なるほど。だからあえてhoney beeっていうときがあるという話ね。

 

 

そういえばBeeっていうトランプがあった。

エッジが白に縁取りされてなくて、ひっくり返して山に入れるとすぐにそれがわかっちゃうから、カードマジックには適さないというあれ。

(逆にイカサマ防止にもなるのでギャンブルにはよく使われるらしい)

 

『はち+みつ』←→『みつ+はち』なんてポンとひっくり返すのは、じつは簡単なことではないらしいというお話。

たのしい?

 

7月1日と7月2日は、大学のことやネットから離れて、ほとんど中高からの友達とすごしていた。

動画の編集したり、友達がバイトしているコンビニに凸したり、ラーメン食べに行ったり、変な印鑑を注文したり、そんなことしてるだけなんだけど純粋に楽しかった。

 

楽しいとか、充実してるとか、そういうことって何で決まるんだろう。

 

 

そういえば受験生になる前は結構頻繁にアニメや動画サイトを見ていた。

その時間は楽しかったと思うこともあれば、何となく時間を無駄にしたと落ち込む時もある。

本になると、時間を無駄にしたとはあまり思わない。

 

なんの違いだろう?

 

 

その時の状況によっても感じ方は違う。

やらなければいけない課題が迫っているときのtwitterは楽しい。

と同時に現実的な意味では「時間を無駄にした」という感覚も強い。

 

楽しさと罪悪感は相反するわけではない?

 

 

勉強は、強制的にずっとやらされたりしなければそこそこ楽しいし、している間に変な罪悪感はない。

僕は働いたことはないけれど、働いていれば対価があるから、あまり楽しくなくても時間を無駄にしたとは思わないかもしれない。

 

意味があるかないかだろうか?

 


でもそもそも、意味がある、という言葉自体があやふやだ。
結果的に役に立つということ?社会の?自分の?
それともそのとき楽しめることも一つの意味?

 

 

昔から、楽しさを分析しはじめたら楽しめなくなることには薄々気づいているのに、ついついこういう思索をしてしまう。

よくないかもしれない。

 

 

分析はよくないけれど、楽しさを記録しておくのはある程度大切だと思う。

僕が中学生後半の時代を一番楽しかったと感じているのは、そのころとても熱心に日記をつけていたことと、それほど無関係ではないと思う。

 

……ブログもあれくらい続くといいんだけど。

日の影

7月1日というのは、月初めにしては割と中途半端な立ち位置にいる。
1月1日のように年初めでもなく、4月1日のように学期のスタートでもない。
もっと半端なはずの9月1日の方が小学校の夏休み明けのイメージから『区切り』っぽい。
でも実際はちょうど下半期の始まりにあたるわけで、もう少しちやほやされてもいいような。
かわいそうな7月1日を少しでも持ち上げてあげるためにこのブログは7月1日から書き始めることにする。

…つもりだったのに ぎりぎりの時間まで書きそびれていたあたり7月1日影うすすぎる。
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