ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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QMAに出てくる英語のことわざをちょっとだけ書いてみた。

 

まぁ引っ張ってきただけだけど。

自分の中で「常識」になってるやつは省いたので参考にするには不便かな←おい

 

A wonder lasts but 9 days. →人の噂も七十五日。*9日とか一瞬やな…

Apple polish →ゴマすり (ドイツ語だと”唇に蜂蜜を塗る”)

under the table →袖の下(=賄賂)

Throw a sprat(=イワシ) to catch a whale →海老で鯛を釣る

The ass(=ロバ) in the lion’s skin. →虎の威を借る狐

All work and no play makes Jack a dull boy. →よく学び、よく遊べ

Every Jack has Jill →われ鍋にとじ蓋(=どんな人にもぴったりな恋人がいる)

Give him an inch and he will take a yard. →庇を貸して母屋を取られる

Sense comes with age. →亀の甲より年の功

The proof of pudding is in the eating. →論より証拠(プリンw)

to turn the issue on its head →本末転倒

It's a piece of cake →朝飯前
Pie in the sky →絵に描いた餅

Even Homer sometimes nods. →弘法も筆の誤り(英語の先生が言ってたなぁ…)

 

日英で似たようなことわざがある場合、たまたま英語と同義なものがあるパターンと、そもそも英語を輸入して翻訳したからってパターンがある。

後者の場合でも、日本の文化に合わせて題材が変わったりする。

例えば One rotten apple corrupts all those apples that lies near it. は、日本に入ったのち「一桃腐りて百桃損ず」と訳された。

当時の日本ではりんごはそれほどポピュラーではなかったからだ。

でも、桃はりんごと違い「普通にすぐ腐るもの」なので、「一個腐るとほかのも腐るんだよ!!」って言われても「はぁ、だから?」って感じで、あまり定着しなかったらしい。

 

[おまけ]

・A cat has nine lives ネコのしぶとさを表すことわざ。9回生きた猫!?

・「カエサルの物はカエサルに」のカエサルとは誰のこと?→ティベリウス

(あのカエサル(?)ではないらしい)

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きょういぞんのはなしがありまして

「この人は私がいないと生きていけない!!

……と自分が思い込んでいる状態が共依存です

 

保健の講義が必修であるのだけれど、今日は依存の話がテーマで、その中にこの”共依存”の話がでてきた。


先生曰く、

「うちの両親が軽い共依存に近いかもしれないと思います。

母は、父を支えることだけに自分の存在意義を感じている節があるので」

 

だけど……そんなこといったら誰でもそうじゃないのか?とそれを聞いて思った。
他人を助けるとか、他人のためになるとか、そういうことがあってやっとどうにか自分がここにいてもいいんだって思える。

共依存のように綺麗に1対1の関係とはいかないにしても、3人でじゃんけんみたいにもたれかかって依存したり10人でドミノ倒しみたいにぐるぐる依存したり、普通そんな感じじゃないか?
自分だけで自分の存在意義をしっかり持てる人って、相当に強い人だと思う。

 

こんな例えはどうだろう。

僕らは誰かと繋がった命綱を腰につけて山を登ってる。

山に登るのは、落ちてはならないのは、一緒に山を登ってる人がいるから。

その綱が細くなればなるほど、何のために登ってるかわかんなくなる……と思う。

僕は絶対なる。今なりかけてる。

そこに山があるからって理由だけでルンルン山登りできるほど、僕は強くない。

他人とのつながりが弱くなるにつれて、何をやっていいのか見失っていく。

 

 

自意識過剰気味な書き方ではあるけれど、多分僕の命が今なくなったら、誰かが困ると思う。

僕に限らずたぶん誰でもそうだ。

だけど、人類70億人全員が同時に地球から消失してしまったなら、不思議なことに誰も困らない

 

つまり、自分が生きなきゃいけないのは他人がいるからにほかならないんだよね。

 

そういう意味じゃ、ある程度の依存は生きてる以上しょうがない。

 

 

……とかごにょごにょ書いておいて調べてみると

 

【共依存】

自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存する、その人間関係に囚われている状態を指す。共依存者は自己愛・自尊心が低いため、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、共依存関係を形成し続けることが多いと言われる。
(Wikipedia)

 

……自己愛、自尊心が低い、か。

じゃあ僕は違うな(おい

(終了

考え事……否、考えてなかった事についての話

 

「このひとは本当はこんなことを考えている人だったのか」

 

そんなセンテンスが脳内を流れて、僕はまた少し自分の嫌な一面を知った。

 

 

今日ふと思いついて、twitterで自分の母校の高校名を検索していたら、あまりしゃべったことのなかった元同級生のアカウントが見つかった。(本名だったのですぐわかった)

確かその人とは一度同じクラスになったことがあったが、提出物をなかなか出さなかったり宿題をやってなかったり、そういうイメージがあるぐらいで、直接の接点はほとんどなかった。

そんな彼の呟きを、なんともなしに眺めていると、友達との会話の中に混じって政治やなんかについての真面目なツイートがちょいちょい現れるのである。

しっかりとは読まなかったが、少なくとも僕よりは”わかってる”んだろうな、考えてるんだろうな、と思えるような呟きが。

 

それを読んだ時、僕は軽い自己嫌悪に陥った。

彼がその種の呟きをしていたことででもなく、自分がそういったことを語れないからということででもなく、それらを見て自分が驚きを感じたことによって。

 

このひとは本当はこんなことを考えている人だったのか、と自分が思ってしまったこと。そのことがいやだった。

 

「本当は」ってなんだ「本当は」って。

なんとなく不真面目そうに見えるから、大して何も考えてないんだろうと、勝手にそう思っていたのだろうか。

何様なんだろう、僕は……。

 

彼の話に限ったことじゃない。

自分がちょっと成績がよくて、偶然にも学校のシステムの要求に合った行動ができているからというだけで、そういう都合のいい評価だけを視界に入れて、無意識に上から他人を見ているような部分があったかもしれない。

自分ではそんな奴じゃないとは思っていたけれど。思いたいけれど。

 

いまとなっては特に成績がいいわけでもなく、講義とか真面目に出席してる状態からはほど遠いし、タスクをきちんとこなせてるとは言い難いし……。

考えてみればもともと性格の面で人より優れているわけでもない。常識がないし、優柔不断で行動力に欠ける。ぎりぎりまで嫌なことから逃げ続けるせいで人に迷惑ばかりかける。この半年は僕のそういう悪い面について嫌というほど教えてくれた。

結局、かつて偶然によって得られたような評価を失ってみると、自分の方が周りより「誇れるものが何もない」状態だってことがよくわかる。

 

いや、本当は当時からうすうす気づいていたはずなのに、自分がそうやって好都合なフィルタだけを通して周囲を見ていたのかもしれないということに気付かされたのがショックだった。

大して何も考えてなかったのは僕のほうだよね、というお話。

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