ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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これからの人生で一体どれだけのものを捨てていけるだろう

パソコンをもたずに帰省したので、スマートホンのアプリを使って更新してみます。
(やっぱりパソコンより手間に感じますね。それを思うと、予備校の寮にいた頃によくガラケーからブログ書けてたなぁ...)

私物の整理をしています。
今までも実家に帰る度にちょこちょこしていたのだけれど、いつも友人と会ったりバタバタしていてあまり時間がとれなかったので、今回ようやくじっくりと時間がとれたのです。

自分の物をつめた箱の3分の2以上が受験関係(参考書、問題集、予備校のテキスト、模試、ノート、etc)だったのには愕然としましたが、それらは開くと帰ってこれなくなりそうだったので、とりあえず高校までのものをガサゴソ整理しています。

当然捨てるものも多く出てきます。
捨てること、取捨選択って、残り数十年の人生で参照するであろうものを、選んで残す作業な気がします。
いったい、どのくらいのモノが必要なんでしょう?
図書館で借りてきた本も大半は大して読まないまま返す僕のことなので、意外と本当に必要なモノってそう多くはないのかもしれません。

当時はとりあえずとっておこうと思ったようなものでも、二年経っていると割とさっと捨てられることに少し安心しました。
といってもたぶん、他人に比べるとめちゃくちゃ過去への執着心強いからなぁ......あんまし捨てられないんですよねぇ、これが......。
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codifyについての思考をcodifyしてみる

現在AM3時あたりです、友達がAM4時に(!)用事ついでに車で拾ってくれてそのまま彼の家にいくことになっているので、先に今日づけのブログを書いてから行こうと思います。

いっこ前の記事を書いてから1,2時間しか経ってないのでネタがないです、よって話をひっぱります。(直接の関連はないです)

前の記事に書いた英単語帳の「社会科学編」を少しパラパラ見ていたら、codifyという単語が目に留まりました。

メインの日本語訳は、成文化する体系化する

一瞬、僕は日本語でこの二つが繋がりませんでした。

が、codeの動詞化と考えてみれば、確かにどちらのイメージもcodeは持っていますし、冷静に考えてみれば「あーそうか文字に起こすことって結局システマティックにするってことになんのか」と理解が追いつきました。

読書猿さんのブログに『言葉と思考の解像度をあげる』という記事がありましたが(内容というよりタイトルの表現を引っぱりたかっただけ!笑)、そもそも文字や言語に起こすこと自体が思考の体系化であり精緻化、つまりは解像度をあげることなんですよね。

ふと、人類学の先生が言っていたりんごを使った実験の話を思い出したので書きます。

同じりんごをいくつか並べ、「りんご」「福島県産のりんご」「○○ベクレルの放射線が検出される云々~~でとれたりんご」などなどの説明書きをつけて、どのりんごを買うかのデータをとったらしいのですが、意外とデータを数値で細かく書いたものは選ぶ人が多くはなかったそうです。

この実験は色々な解釈がありえますが、まず「どこまで書けば『いい感じに精緻化された』と思うか」に絶対的な解はないということは言っていいでしょう。

おそらく文字に起こすという精緻化についても同じことがいえると思います。
文字化したからといって必ずしも万人に「より厳密に理解されやすくなる」かどうかはわからないということです。


僕たちは自分の思考を少しでも自分自身にわからせるために、さらには他人にも受け取ってもらうために言葉(ときには数字、図表、楽譜)にして体系化ようとします。

そのために語彙を増やし、未知の概念を吸収し、他人がつくった世界の区切り方を暗記するわけです。

その意味で、小中学校の勉強で「暗記ばかりしている」ことはいずれ思考の精緻化に役立ちます

僕たちが接する人の大半は義務教育を受けており、受けているならそこで「暗記する」すべてその言葉は知っているからです。

同様に、世界中のあらゆる概念や”体系づけの仕方”などに触れることは「自分自身にわからせるため」の思考の精緻化にはどんどん役立っていきます。

それこそ知れば知るほど、暗記すればするほど思考はよりクリアに整えることができます。

大げさに言ってしまうと、受験その他で「暗記すること」がこれほど強いられているのはそのためじゃないのかというのが僕の中での暫定解としてあるくらいです。

とはいえ、この場合それは万人にすぐ伝わるものではありません。

りんごの脇に書かれた数値やプラトン時代の文字と同じですね。

どれだけ自分で納得のいく形にまとまったと思っても、謙虚にそれを他人に伝えようとする努力を忘れてはいけない気がします。(*)


……そのわりに全然わかってもらおうという気持ちが見受けられない記事になってしまったな!!!

あと30分もすると友達が来ると思うのでそろそろ準備します……というわけで、以上。


*そういえば某友人(この記事に出てくる友人とは無関係)は、こちらが自分にしか通じない(=他人には意味不明な)言葉をしゃべった際に、きちんとそこをつっこんで訊いてくれる。そういう人はとてもありがたい。



《2013/4/14 追記》

 みんなが読む本というものがあると、すこぶる便利なんです。それを引用するとすぐわかるし、新しい解釈を出してもすぐわかる。解釈の程度が微妙に高くなってくるのです。一つのものをみんなが読んでいると非常に便利です。そのために、というわけにはいかないけれど、パロディもつくりやすくなる。『伊勢物語』をみんなが知ってるから『仁勢物語』が面白い(笑)。『伊勢物語』を読んでいなければ『仁勢物語』は面白くないでしょう。そういうことはたくさんあって、大勢の人が知っている古典があるということ自体が非常に大事です。

(加藤周一『「日本文学史序説」補講』 p283-284)

TOEFL受けた翌々日にいまさら単語帳を眺めていた。

実質春休み初日~ これ↓読んでました。

toefl


2年前、高校を卒業する頃に友達からもらったものです。

(パラパラ見るくらいでしっかり使われずに放置されてた、友達ごめん)

その友達は、秋ごろに推薦で大学が決まっていたのですが、それを理由に怠けたくないからと、受験を控えている僕につきあって年末までよく放課後一緒に勉強していました。

そのとき彼は、そこらの受験生よりちゃんとやってんじゃないかってぐらい真剣に英語を勉強してた記憶があります。

センター試験も高3の途中の模試ではそれほどではなかったのに本番では194点(1ミス)とってました。(僕の学校は大学決まってる人もセンターの受験が必須だった)

現役生だったころの受験を思い出すと、彼と勉強の合間に夕食のうどんを食べたりスーパーの半額弁当を食べたりした思い出がまっさきに蘇って、なんだか懐かしいです。

そういえばそのときに留学したいからしっかり英語は勉強したいと彼は言っていたのですが、今年いよいよするそうで、時間は流れてるんだなぁと改めて思います。

臨床心理の勉強したいんだ~って言ってた子が「最近心理漬けだよーw」とか言ってるのを聞いたり、なんかそういうのじんわり来ます。

さてこの単語帳、基本編、自然科学編、社会科学編に分かれていて、基本編くらいは大抵わかるような単語だった気がしていたのですが、改めて見てみるとあやふやな単語がちらほら。

scrutiny(精査、吟味/※発音注意)とか、見出し語ではなかったもののameliorate([環境など]を改善する、[品種など]を改良する)とか初見でした。

それでも、知ってる単語はちゃんと「当たり前の単語」として認識できたのでひと安心です。

ほんと、高校や受験生時代の勉強ってバカにならないですね。

英単語だけは好きで早いうちから色々やってたので、平均的な高校生にはそこだけは勝ってる自信ありました。(何を偉そうに!><)

この1年はあらたまって「単語の勉強!」とかしてないわけですが、そこまで語彙力落ちてないみたいでほっとしました。

まぁ、「高校生レベルは」という意味なので、いくらでもここから伸ばさないといけないんですけどね。

特に、知っていると思っている簡単な単語をちゃんと使えるようにしないとです。

いくらやってもキリのない世界ですね~。

考えてみると高校生の頃も受験だのなんだの関係なくとも英単語・表現だけは自主的に勉強できたので、クズ大学生の「地道な努力」のリハビリにはもってこいかもしれません。

ほかの言語にもちょこちょこ手は出しますが、英語は英語で向上心忘れないようにしようと思います。

単語帳一冊で色々なことを考えました。

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