ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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五月病延長申請の書類は、電車とホームの間へと吸い込まれていったのだった

今学期、気付いたらいろんな授業が削られていき、ロシア語と数学が2つだけしか生き残っていないのに、その勉強とバイトだけですぐ一週間が終わっています。

どうも(履修どうこうに限らず)僕は一度に色んなことをやろうとしすぎたようです。

身体性をもちだすまでもなく、一度にできることなんて本当に限られているのに……。

高2ぐらいのとき、陸上部の練習を終えてから劇団の稽古に向かって、帰ってきたらアニメ観て、たまの休みには友達と映画作って勉強もまあそこそこにはこなして……みたいな恐ろしく充実した生活をしていた時期もりましたが、今思えばあれがかなり例外だったんだなと思います。

言うまでもなく、家族の支えもあったでしょうし。

思い出すなら、受験生の頃を思い出すべきでした。

さしあたって受験勉強だけしか「やるべきこと」はない状態だったあのときでさえ、時間が十全にあったなんてとてもいえなかったわけです。

数学、英語、現代文、古文漢文、物理、化学、倫理政経!

あぁ、一年と言わず数年遊べる素材でしたね、あれは……。

受験時代って、自分が「このぐらいの期間、このぐらいの集中度合いで、どのくらいの量をこなすことができて、その結果どのくらい記憶に残るものなのか」のお試しとしては最高だったんだなと思います。(あれほど「今やってること」の純度の高い時期ってそうそうないでしょうから)

何となく「受験生の時アレをあれぐらいやって定着率があんな感じだったんだから、多分これをやるのはこの程度じゃあだめだろうなぁ/このぐらいの時間が必要だろうなぁ」みたいな思考はあちこちで使ってる気がします。

僕は優柔不断で、あれもやりたいこれもやりたい、でも結局なにをやりたいの?が決められないまま何年もすごしてきました。

専攻で言えば未だに人文系の森と数学の森をさまよっていたり。

で、まぁ、さまようのはいいと思うんですよ、でも実際にそのときどきで具体的にやることっていうのは、しっかり決めて集中してやらないといけない。

どうも僕は自分が「ものを知らない」ことに対してコンプレックスに似た感覚をもっているみたいなんですね。

「まぁ君には〇〇はわからないかもね」「今時の若者は」「えっ〇〇も知らないの」「これだから理系は……」「〇〇くらい読んでるよね」「今年の20歳の投票率は」とか聞くだけでふさぎこみます。ふえぇ。

で、あれもこれもやろうとする……。

でも時間のないときはそれだと何もかも崩れそうなので、一旦落ち着こうと思います。
とりあえず頭おかしくなりそうなので夏休み前まではロシア語を最低限だけやりつつ、あとは数学に絞って時間を使うことにしました。

(夏は、分野とわず積んである本を崩したいです……)

「数学」だって広すぎるような気もするけど……、まぁ、まずは去年落とした微積をがさごそ拾い上げます。

あと、集合たのしいね集合、ふふふ。

いつも心に中二病を。ばたり。

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自己満足な記事を書くので精一杯、五月。

にぽ君の書いた記事でニヤニヤしたあと居心地が悪くなってきたので引っ張ってきます。

このページの右側には、リンク集のコーナー?がある。某所で知り合った人のブログと、東大受験をしていた人達のブログだ。

思い出すように一つずつ見ていったのだが、面白いくらい閉鎖閉鎖閉鎖。あるいは非公開に。

ブログ書いている受験生(とりわけ浪人生)は落ちる。それでブログを消す。そういう話を何度も目にしたことがある。まさにそれが起こっているのだなと思って寂しくなる。

浪人すると言うことがでかくなるというか偉そうになる。分かった気になる。それは正解かもしれないし間違いかもしれない。でも自分の考えを持つことは良いことだと思うし、それをブログに書いたって良いではないか。でも落ちると、途端にそれが滑稽に見えてきてしまうんだろうな。

僕には消すと言うことができない。もったいない。高校の時にもらった夏休みの宿題リストのプリントもまだ持っているけれど、コンピュータのデータはそこまでかさばらないから消す必要は今時無い。

(逆にこの時確かにそうなる。「100,000」より)

 

この文章で言及されている”ブログ”には、僕が受験期に書いていたブログも含まれまして。

ふうん、と思って、自分の書いた当時の記事をいくつか読んでみました。
恥ずかしくて逃げ出したくなるかと思えば、特にそういうこともなく。

黒歴史だなんて全然思いませんでした。

むしろ、安心しました。

僕は歩いていました。

自分は頑張ってなかった部分はよく知ってるし、そっちはずっと消えません。

僕は受験生として、受験生を名乗れるほどの努力を、ちっともしていませんでした。

今ほどではないけどクズと言われても仕方なかったでしょう。

それでも、僕は歩いていました。
それを確認できました。

中高時代まで遡れば、輝いている思い出はたくさんあります。

だけどそれは、最終的にぼくの救いにはなりません。

遠すぎるからです。

環境が特殊すぎるからです。

アレはアレ、で終わるからです。

完全に守られた”子供”でした、あの時代は。
演出された幸せといっていえなくもありません。(それでも幸せになれない人はいる)

でも、浪人時代は多少違います。

まず、今の僕に連続している僕だということ。

そして「ここを離れればもうこんなに楽しめないかもしれない」と思いながら高校を卒業して、そのショックを(今よりも強くダイレクトに)浴びながら生きたはずの一年だったということです。

それでいて、あの一年はポジティブさをどこかにもっていました。

ということは。

僕は、過去と全く違う環境におかれたって、笑って生きられるかもしれない」と思わせてくれる唯一の足掛かりってことです。

半分思い込みでしょう。

半分以上きれいごとでしょう。

結果を残さなかった一年間の単なる正当化でしょう。

でも、それでもいいです。

まぁ、だから、あの一年に関わった人たちには本当に感謝しています。

いや、そんなことだけ言いたいんじゃなくて。

あ、でも、それだけは言っておきたかったけど。

うーん。

あー消したくなるでしょうねこの記事。

絶対消したくなります。

でもねぇ。

多少なりともちゃんと生きようとしてる自分と。

何もかもにやる気がなくなってごろごろ転がってる方の自分と。

どっちが正しいのかわかんないけど、だけど、生きようとしてるほうの自分を邪魔はあまりしないようにしときたいです。

難しいですねぇ。

五月病にはかかりませんように

暗めなことから始まって明るく終わります。

……正直に言いましょう。
やっぱりひと月前の僕は、文字通りの、世間で言われているところの、四月病でした。
身体性無視してあれこれやる予定にしすぎました。
ひとつひとつは興味をもっていることとはいえ、さすがにこれはこなしきれない気がします。
忙殺というほどではないけれど、物理的に不可能というほどではないけれど、しかしそもそも何でも後手後手に回してしまう自分の性格上無理があることに気付くべきでしたよ。
さぁて、どうしよう。
滝汗。

とはいえ、それでも、ある程度充実はしているんだろうなぁと思います。
今夜ある人と話しててだいぶ色々整理ついて、大学生活のことを色々また考えて、落ち着きました。
去年よりはだいぶ自分を客観的にも見ることができてるのかもしれないなぁと少しは思ったり。
この一年の試行錯誤と暗黒時代を無駄にしてはいけない……。

必修のライティングの授業だけ準備が間に合わずあわわわわってなってますが、それ以外は概ねうまくいっていると言えなくもない。
なんとかなるんじゃないかな。
なってくれ。
します。
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