ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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2014春休み前 最終週(金)

哲学の講義で指揮者チェリビダッケにまつわるビデオを観た。去年も観たので二度目。この素材を使って講義内で伝えたかったことはとてもよくわかるものの逆にそれのインパクトが強すぎて思考がそれ以外の方向に進んでいないので、逆に今の段階でここに書くことがない(それについてはプリントとノートを見れば確認できるし、純正品の受け売りをブログに書いても仕方ないので)。彼が大きく影響を受けたらしいフルトヴェングラーという音楽家の書いている本が面白そうだった。時間ができたら読みたい。何冊か邦訳が白水社から出ている。さすが白水社、素晴らしいね白水社。ちなみに僕の実家がある某県では、白水舎という会社が牛乳をつくっている。いや牛乳を作るのは牛か(?)。

15分で書いた。(こんなんじゃあTwitterと変わらない)
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2014春休み前 最終週(木)

木曜日は10時すぎから授業があり、12時40分~15時あたりまで空いて、そのあとは19時まで授業(今日は途中で抜けたけれど)。そんな感じなので、木曜日は休息日というか、大学の勉強オンリーの日にしとこうというつもりで、今学期はすごしてきた。そんな木曜も今日がラスト。

午前中はコミュニケーション学の期末試験だった。まぁ単位がくればいいやという感じだったので、とくに問題なし。にぽくんもこないだ書いていたけれど、人文系の科目の試験は「~について論じよ。」というものも多く、書けることをとりあえず全部出せる(というかそれしかやりようがない)。結果として、変な理不尽さだったり「わかりそうなのに…」みたいなもどかしさだったりを感じずに、実力相応のことをして試験を終えることができる。気が楽だ。

木曜日の昼休みはトライアスロン部のミーティングがある。僕は一瞬たりともトライアスロン部員だったことはない(重要)のだけれど、部員みんなと知っている仲なので、なぜかいつもミーティングには顔を出すことになっている。部員のうち何人かは木曜午後に物理のクラスがあるみたいで、たまにミーティング後にコンデンサの問題とか質問されて、一緒に考えたりすることもあった。もう終わったので書くけれど、わりと毎週この集まりは楽しかった。それに限らず、この一年それなりに大学生活を心穏やかに過ごせたのも彼らのおかげでしょうね、そこは感謝しています。そういえば、秋は山手線ウォークなる大学生らしいイベントに参加したりとかした。バイト帰りだったから一部区間だけだったけど。いや、部員じゃないよ、僕は(念押し)。

午後は数学。位相。位相楽しいよ位相ってのは何度か書いたしこれからもいくらでも書けそうなので今回は省略。この大学はひとコマが70分なのだけれど、数学はひとコマ講義でふたコマ演習というのがよくあるパターン。少人数だし演習もわりとわいわいできるので、コミットしさえすれば楽しい。(数学を落としまくっている学生のセリフとは思えない)この授業に関していうと、とにかくT先生がとてもわかりやすかった。こんなに直観的に理解が進む説明ができるのだなぁと毎度毎度ほへーってなってた

吉野家の牛丼30円引き券が手もとにあるのを思い出したので、並盛を250円で食べて帰ってきた。眠いので風呂はいって寝る。(ここまで完全に日記にしたのも珍しいな)

2014春休み前 最終週(水)

半ば予定通りだけれど、記事タイトルが形骸化してきた。今日は講義に出ていないのに最終週も何もあったもんじゃない。まぁ、そんなことはおいといて、何か書いていく。今日も今日とて中身のない雑文。手記手記手記。

いい加減に早いとこ終わってくれという思いだけがある。何ができないことより自分の勉強したいことが勉強できないというのがある意味ではいちばん辛いんだなぁと身に沁みてわかる。

「もし~なら××できるのに!」に対して、「いや、お前は実際に~だったら××なんかしていないはずだ。~じゃないからそう言うだけだ」みたいな反論はよくなされる。言いたいことはわからないでもないんだけれど、僕がこの構文を使うときは、わりと正しい予想ができている自信がある。つまり「~」部が現実化した暁にはきちんと××することだろうという予想。大学一年の前半に某多忙団体に入ってしまって抜けようとしたときにもこの手の応酬があって、そのとき実際にやめたあとの僕は予想通りにどっぷり自分の勉強に浸れたのだった。「やめたらやめたでぼーっと過ごすことになるよ」というような引き止めの文句は間違っていたことを証明できたし、個人的にも自分の判断にはわりと自信がついた。

抽象的なことばかり書いているけれど、要するに今ある制約がなくなったらそれなりに充実した生活を送れるだろうと僕は確信を持っているということが言いたかった。おわり。

2014春休み前 最終週(火) ;現代思想のこと

意外と色々な人に読んで頂けてるみたいであたふたしている。あたふた。初めてコメントもついていたし転げまわった。はいあのコメントは通りすがりの方も含めていつでも待ってますですえぇ。……そういえば、僕が一年間浪人していたときに書いていたブログですら、最近わざわざ掘り返して読んでくれる人がいる。どうでもいいギャグとかを拾ってくれたり、感想を言ってくれたりする。ありがたいことだ。僕自身、もうそれを書いたときのことなんて忘れかけている。でもきっと、書いているときは誰かに読んでほしいと思って書いていた。ちゃんとそれが報われてる。感動。先週末に書いたお手玉の話にもつながるね。

さて、今日はコミュニケーション学の最終授業だった。ゆるふわとか言ってばかにしてるひとがいたが(ん?)、いい授業だったと思う(いやあんた最後のほう出てないだろみたいな意見もある)。いったん現代思想にくぐらせてから日常の問題に戻ってくるという形は、ある意味で僕が昔漠然と抱いていた「やりたかったこと」のありかたに近い気がするんだなぁ。そういうオオモトの気持ちを忘れかけている。最近それを必死に思い出そうとしている。学問に対する原体験みたいなものを。そのとき抱いた初心みたいなものを。

「現代思想」って言葉が固有名詞として僕の頭に収納されるようになったのは、ごく最近のように思う。例えば高校生くらいのときにも単に「現代-の-思想」という意味で「現代思想」という言葉を使うことはあったかもしれないけれど、”いわゆる現代思想”といえばいいのか、例えばフランス現代思想だったら実存主義があって構造主義がきてというようなその現代思想を意識することはなかった。というか、漠然と知りたかったそれをそういう括りにするということがなかった。回りくどい言い方になってしまったけれど、「漠然と知りたかったそれ」というのは僕(ら)がそれと知らずに触れてきた現代思想の一角みたいなやつだ。僕は恥ずかしながら小説ぐらいしか読まないのほほん中高生だったので、世の中でどんなものが書かれているのかもまともに知らず、何が主流で何が極端なのかなんてわかるはずもなく。そういうわけで、僕がいちばん直接的に現代思想に触れたのは、国語の教科書やテストだったのかもしれない。あるいは小説などでときには自然にときにはやや衒学的に流れる、いろんな教養だったり文化だったり。あるいは高校や予備校の先生の雑談の端々に現れる「ちょっと変わった世界観」みたいなやつだろうか。あのとき僕が面白いと感じた”あれ”はどうやら思想という括りに入り、そして今の思想は多かれ少なかれ「現代思想」の大きな流れの中にあるようだ――というごく当たり前のことに気付くのに、大学に入って一年以上を要したように思う。ごく普通に人文系の世界に浸っていたような人なら、こんなの15、16くらいで当たり前に通過してたのだろうか。ともかく気付けたときはほっとした、あぁイメージしてたものにまた一歩近づいた、みたいな。まぁそれからも大して本を読んでるわけじゃないし、外から見たら何も変わっていないんだけれどね。

いつか考えがまとまったら書こう、と思っていることが山ほどあるけれども、いつかはいつまで経ってもいつかなので、書かないと消えていく一方だと心の片隅では気付いている。さっき見たらローカルの下書きに、「僕、つくりあげられ気づくと自分になった自分」というタイトルの記事(3行くらい書いてあった)があったのだけれど、何が書きたかったのかさっぱりわからない。わざわざ大仰な題をつけてるので何か表現したいことはあったのだろうと思う。そういうことはままあるし、やっぱり浮かんだことは拙くてもできるだけアウトプットしておいた方がよさそうだと判断。というのが今回の言い訳。

人生は乱雑さを増してゆきあるいは低エネルギーな方へ転がりゆく

あと一週間。一週間か。一週間をすぎるともう「こんな日記」を書くことは生涯ないということだ(と信じたい)。ともかく、そういうことなら思いっきりいかにもなことを書いておいても記録になって良いんじゃないかとふと思った。手記手記手記手記手記手記手記手記(音読するとメンヘラかヤンデレっぽくなる)。

 

今日は交流とか電気振動とかメインに電磁気の確認をしていた。昨日も書いたけれど、以前はあんなに大変だったのに、一読で「あっそういうことね~」となる箇所が多くなっていて不思議。多くの行き詰まりはこのための伏線だったのだろうか。そういえば、一浪のときにどこかのタイミングで「そうか、入試直前に自分の確認したいことが確認できる状態を目指して勉強しさえすればいいのか」と自分の中で発見したことがあった。きちんと実行できたのかは覚えてないけれど。簡単に言えば、たとえばわからない分野がどこなのかが「なにも見なくても言えるくらいはっきりわかって」いれば、最後の一週間程度で十分最後の復習ができるものだ。一週間は短いようで長い。自分がクズでどうせ一夜漬け(文字通り一夜という人はさすがに変わってると思うけど)になってしまうと思うなら、それを想定した適切な準備というものある。僕の場合化学Ⅰとか物理Ⅰの苦手な部分なんていやというほど自覚していたので、直前までだらだらしていたくせに最後にそこだけ見直せて意外にセンターは失敗しなかったという感じもある(そもそも簡単な年だったのも確実)。似たような話で、間違いを書き写したノートをつくるだけつくって全然活用しなくて無意味な気がすることもよくある。しかしあれも、さすがに直前ぐらいは見るので、そのためだけでも割と価値があったりする。全部、僕の感覚だけれど。

 

繰り返すと、こんな文章書くことは今月が終わればもう当分ないはずなので、あえて書いてみた。消えちゃうからね、こういうの。

手記 blanketed with 雪

早寝したら早起きしすぎたので夕方だけど眠い。なるほどこうしておけば生活リズムは整うのか??(今まで何年生きてきたんだ)とにかく手短に書こう。お察しのとおり本日は「なんか書く」パターンのもの。ただの手記しゅき。

午前中は某ファストフード店に行った。向かう途中、ほとんどの道は雪かきがなされていたけれど、朝早かったので凍っている箇所もあることに気づかず、危うく転ぶところだった。(すなわち、転ばなかった)僕の住んでいる寮がある街は、山手線をコンパスで描こうとしたときコンパスの針を刺すあたり、要するに都心も都心、まさしくビジネス街、見よこれぞオフィス街といった場所である。それでなのか知らないけれど、今日(日曜日)は店にやたら就活生がいっぱいだった。昼前になると半分以上を埋めていたかもしれない。「だから何だ」ってだから手記だ、これは記録のための文章なんだ。

午前中そこに居座ってガリガリやっていたのは高校物理と高校化学だった。このところ、以前になんとなく難しくて理解に苦しんだ記憶のある種類の問題がすんなりわかる…ということがしばしばあって、何とも感慨深い。そりゃあんた何年やってんねんて話かもしれないけれど、あのときにつまずいたから今こうやってわかるんだなって思う。何度も書いた気がするけれど昔ある先生が言っていた「三日坊主でも100回繰り返せば一年になる」が最近じわじわと思い出される。たぶんあれは正しかった。あるいは彼方さんの「機械でさえ熱効率は三割」とかも。

昼頃になって外に出ると、とても良い天気になっていた。なんとなく気温もあたたかく感じられる。当然路面も凍結解除にゃん。道路脇に残った雪が眩しい。雪のあとの晴れた世界はいつもの倍くらい明るい。明日は大学に行くのかな。(誰に確認しているんだろう)

大人というのは、上手にお手玉ができる人のことです

三年前の今頃はちょうど高校の卒業式だった。2月の12日だったように思う。そこにいる18歳の僕……、君はどんな不安を抱えているのだろう。チョコレートをもらえるかどうかだろうか。うん、その年はもらえないよ。ちなみにその次の年もその次の年もその次の年ももらえないんだ、気をしっかりもってくれ。それとも大学受験のことだろうか。まぁ、その年は不合格になるよ。ちなみにその次の年も不合格なんだ。なに、結果は大した問題じゃなくなる。……いや、君が一番心配しているのはもしかしたらバレンタインでも入試でもなくて、「今の自分がどんどん消えていってしまう」ってことかもしれないね。だけど、それについてだけは、いちおう大丈夫なんだ。誰だって、自分が大事にしていたものが消えてしまうのは怖い。だから、消すんじゃないんだ。未熟なりにも大切に持ってきた思考だったり想いだったり……そういうのをまとめて袋につめて、ぽーんと投げておけばいい。誰かが受け取って、いつか投げ返してくれると信じてね。そうして、誰かが持っていてくれると信じているからこそ、次の大切ものを詰め始められるんじゃないだろうか。そうやって、君は「大人」になっていくんだ。

 

* * *

 

日記とブログは、それがプライベートなものか否かということ以外にも、いくつか違う点がある。ある人が、ブログには天気を書く欄がない、と指摘していた。確かにそうだ。小学生の頃に書くような日記は必ずといっていいほど、「○月△日×曜日 はれ」とか書いていたような気がする。何が言いたかったかというと、先週に引き続きまた外が大雪。きっといつか読み返したとき、2014年2月と言われるより、「あの立て続けにすごい雪が降った時期!」と記しておいた方がピンと来るにちがいない。

 

リアルタイムでこれを読んで下さっている方はまだ記憶に新しいかと思うけれど、一年前にも大雪が降った。ちょうど(僕の代が新成人となる)成人の日で、あのときも各地で大混乱だったようだ。僕は年始に高校で行われた成人式に参加していたこともあり、部屋にこもっていた。ところが新成人は無料でビックマックがもらえるという話を思い出し、よせばいいのに雪の中マクドナルドまで往復するという暴挙に出る。結果、折り畳み傘が折れてビックマックより高くついて……あ、はい、もうこのオチは聞き飽きましたね、お約束かと思って……本題に入りますね。

 

あの日、僕は大人と子供の違いについて思うことを文章にまとめた。今読み返しても中身の薄いこと書いてんなぁとは思うものの、まぁともかく何かを残しておくというのは大事で。結局「成人の日」という形式的なものがそのきっかけになっていたようだ。面白いのはここからで、僕が定期的にチェックして読んでいるブログの中に、ひとつ年下の方が書いているものが3つほどあるのだけれど、その3人のうち2人が成人(式)について触れていた。そしていずれも、大人とは何ぞやという問いについて、手さぐりで考えを巡らせていたようすがよくわかるのだ。(ところで残りのあと一人は年明けてから更新がない!!生きてるのかな!!) ようするに、《成人式》や《成人の日》がいかに形式的なものであれ――というより形式的なものだからこそ――大人ということについて改めて考えるきっかけとしてちゃんと機能しているじゃあないか、ということ。で、僕もあれから一年経って別のことを考えるようにもなったので、大人について思うところをまた何か残しておこうと思い、この文章を書くことにした。

 

≪大人になるというのは、お手玉をできるようになることだ≫というのが今回書きたいこと。まぁ、のんびり書いていく。ここでお手玉の布袋に喩えたのは、僕たち一人ひとりが持っている持論だったり、世界観だったり、思考の痕だったり、あるいはアイデンティティとか呼ばれるものだったりする。そういうものって普通、誰もが手放しくたくないと思ってしまうものじゃあないだろうか。少なくとも僕はずっとそう思って生きてきた。この世界には確かなものなどないと意識的にしろ無意識的にしろ感じていたからかもしれないけれど、とにかく、「せめて自分だけは変わらないでいたい」という臆病さが僕の中にはずっとあった。変わることが恐ろしかった。中学生の僕は14歳の自分こそが確実な自分であると信じていたから、その先は少しずつその自分を忘れて行くだけなのだと考えると途方もなく怖かった。自分の大切にしているものが遠ざかっていき、だんだんとその大切にしていたことまでも忘れてしまう未来に怯えていた。

 

月日は流れ、高校を卒業し、親元を離れて一年の浪人生活を過ごし、上京して大学に入り、僕は自分が予想した通り当時の感触すべてが薄れている自分に気づく。 僕も(周りから比べてどうかはともかく)少なくとも中学生の自分よりずっと世間ずれした、大人びた(笑)考えを持つようになっていた。人との関係なんて移ろいゆくものだと良くも悪くも諦めるようになり。想像していた以上に多様な生き方があると知り。ぴゅあぴゅあーだった恋愛観にも修正が入り。そんなときふと僕は哀しい気持ちになった。正確に言うなら、『昔の自分を忘れてしまっているのにそれに対して心が痛まないこと』に鈍い哀しみを覚えた。中学生の自分の「ほらね、僕の思った通り、そういうもんなんだよ……」という冷たい声が聞こえた気がした。

 

けれど最近になって、別の側面が見え始めてきたのだ。たとえば先日、中高時代に仲の良かった3人で久しぶりに会って話をしているとき、こんなことがあった。話の流れで

「人間関係というのは拡散していくものだからね。 昔からずっと見ている範囲だけで作られる関係っていうのは難しくなっていくよなぁ」

というようなことを僕が喋った。すると、ひとりの友達がこう言ったのだ。

「一番似合わない奴から一番似合わない台詞が出て来たなw」

 

……要するに、彼は中学生の僕が 「うおおおおおお今ある人間関係がこれからどんどんバラバラになっていくなんてつらいつらすぎる!!!誰か助けてくれ!!!!」 とそこかしこで叫んでいたことを覚えていてくれて、彼の中にある客観の中のひとつのパーツとしてそのときの僕を使ってくれているということだ!こんな嬉しいことがあるだろうか!

 

お前の個人的な喜びなんか知らねぇよって人もいると思うので、多少はぷらいべぇとから離れて、『図書館戦争』のアニメから引っぱってきた話を聞いてください、はい。第四話で、堂上篤が心の中で笠原郁へ投げかける、こんな印象的な言葉がある。

(※原作にも対応箇所があったと思うのですがいま手元にないので正確な引用ができません)

 

どうしてお前はそんなに似ているんだ

馬鹿だった頃の俺に
俺が捨ててきたはずのものを

どうして今更お前が後生大事に拾ってくる
そんな風にお前が無茶するたびに

突き放さずにはいられなかった

 

この言葉は、郁(=「お前」)が少女時代に、若き日の堂上(=「俺」)の無茶な行動により救われて感化されたという背景も踏まえたものなんだけれど、これこそ僕たちが少しずつ自分を更新して大人になっていく様子そのものじゃないだろうか。つまり、「あの頃の青い自分」の精神を受け継いでくれた人が横からやんややんや言ってくれるからこそ、自分は「大人」でいられる。昔の自分を自分から離すことができる。

 

自分から長い間切り離せなかったはずのもの――そして、その後なんとか乗り越えたもの、あるいは手放さざるを得なかったようなもの――を、誰かが持っていてくれる。「あのとき○○君言ってたよね」「それ昔の君からは想像もできない意見だな」「中高生のお前に聞かせてやりたいわwww」といったコミュニケーションの形でそのことに気づかされるたびに、僕は不思議と安心感を得る。いや、そんな直接的な言い方ではなく、かつてともに時間を過ごした相手が「そのときの僕の考え」を彼/彼女自身の意見の一部として持っていたりすることもある。「あれ?wwそれ僕がむかし君を説得するために散々使った理屈じゃないか??ww」なんてことも結構あって、そういうことがあるたびに、ほっとする。あぁ、こうやって誰かがリマインドしてくれるから、僕は考えを次に進めてても大丈夫なんだなぁ、って思う。

 

『今の自分』ではこの先やっていけそうにない、となんとなく思うことはあるし、常にあった。だけど、今の自分をどけない限り次の自分に近づけないとなると、僕たちは先へ進むのを躊躇してしまうんじゃないだろうか。脚本家の高橋洋が若者に向けてこんなことを言っていたのを思い出す。

 

あなたがたとしゃべっているとふいに洗脳された人間と会話しているような奇妙な気分に陥ることがある。決して病的だと言ってるのではない。若者は自分が仕込んだ知識で自分を洗脳してしまうものなのだ。それは否定されるべきものではない。そこにはあなたの個性を一生涯に渡って支配する重大なモティーフが含まれているはずだ。だがあなたはまだその活かし方を知らず、むしろ自分を守る鎧のようなものとして用いてしまう。あなたにとってそれは紛れもなく大切なものなのだ。ならばいったん突き放し、疑いの眼で見たところで失われるものではない。下世話な言い方だが「減るもんじゃないだろ」である。

(『映画の授業―映画美学校の教室から』黒沢清 主著)

 

いったん突き放さない限り先には進めないし、そんだけ信じてるなら突き放せるだろってことである。突き放すだけではなくて、僕は投げておきたい。大事なものほど、残しておきたいからこそ、投げておく。タイムカプセルみたいなものだけれど、もっと積極的かもしれない。お手玉のようにダイナミックなものだ。誰かの手を渡って、帰ってくることを信じる。そして投げたらまた、別のお手玉を手に持つ。しばらくしたら今度はそれを投げて……。

 

「投げる」手段として、僕はこれからも言葉を使おうと思う。人と話して、ついったで呟いて、ここに記事を書こうと思う。残しておきたい自分、だけどいつかは一旦突き放さなきゃいけない自分、そういうものを出来る限り言葉で表しておこうと思う。

 

ちょうどさっき、偶然にも、こたつむりさんのこんなつぶやきが目に留まった。

 

 

子どもの頃には気付けなかった方法か。でも、あとから見れば僕はできていたのかもしれない。これからはそれを積極的に使っていくだけのことだ。

 

なんだか、とても長くなった。

結局、この記事の冒頭に書いたことで全てだったかもしれない。

お手玉というのは、自分が手で持てるよりも多くのモノを持つための技術である。

いつか自分の手にまた返ってくると信じて、今持っているものをひとつずつ投げてみる、ただそれだけのこと。

せっせ、せっせと、そのときの自分を袋につめて。

大人になるというのは、そういう技術を身につけることなのだろう。

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