ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3/48 共同ブログはじめました、およびひとりごと

有志で共同ブログを始めることになった↓
みんなでしんがり思索隊


もうひとりの編集者(というか、ぼくは何もしていないので編集にともに名を連ねていいのかわからないのだけれど)であるらららぎさんとのおしゃべりから生まれた企画だったけれど、参加してくださる方がたくさん増えて、楽しい場になりそう。執筆以外にも、お題(これをもとに参加者が記事を書いていく)なども常時募集中なり。

ちなみに今までぼくが書いた二つ
知れば知るほど、知らないことが増えてゆく
自信を持つこと ― how to maintain yourself


そういうわけで、まとまった文章を書く場所が確保されて、こちらでは安心してだらだらとした何かを綴ることができることになった(?)ので、頭にぐるぐるしていることだけ軽く書きつけて、終わる。

諸々適当にやってきたツケがだんだんと溜まってきて、ひどいとまでは言わないがあまり良い気分でない数日を過ごしていた。
こういうときは思考が悪循環するので、無理やりにでも少しずつやることを終わらせていったほうがいい。

思い出深い日付だからなのか、三年前のことを思い出す。またかよって話なんだけれど思い出す。三年前というより、三年という時間の存在を思い出す。あれから進んだことがたくさんあった。まぁ、いちばんの進歩は進もうと思うようになったことそれ自体かもしれない。けれどそれがときどき役立たないのが悔しい。あれから何度も、進もうと決めたはずで、そうだこうすればいいんだと思える「気の持ちよう」を見つけたはずで、そういうことをまた何かのたびに忘れてしまうのが悔しい。明るく生きようと思った瞬間瞬間は本物だったし、漠然とは思い出せる。そもそも今の自分というのは瞬間瞬間の気持ちを積分した存在のはずで、その意味で過去は消えてないともいえるのだけれど、過去に心が上向きだった瞬間をもう少し積極的に使っていきたい。こんなこと考えるのだけ無駄なのだろうか。某友人がぼくはアノミー的煩悩を思弁的思考で解決しようとしていると常々言っていたけれど、それは本当に不可能なことなのだろうか。

何かがおかしくなりそうなとき、頭の中で、いろんなこと思い出せ、って声が響く。少し前までのぼくは忘れることを極端に怖がっていたから、忘れることでようやく前に進んだけれど、思い出すことで前に進む術も少しずつ身につけなければならないのかもしれない。いろんな日の先に今日があるということ。今日のためにいつかのぼくが何かを残してくれているかもしれないということ。

今日は珍しく二限から出て、午後の体育がタイミングよく雨が降ってくれたおかげで出席だけとって解散になって、次の授業まで時間ができたのでちょっとだけフランス語とポーランド語やる。
そんじゃーね。
スポンサーサイト
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
05 | 2014/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。