ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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ひとり暮らし、100と3日目の話

「時間は有限なので ― 人生の有限性の話じゃなくて、たとえば1ヶ月にできることに限りがあるというレベルの意味でいって有限なので ― やることを絞らねばならない。さらにいえば、自分で選んで飛び込んだ村(大学だったり、東京での一人暮らしという形だったり、どんな集団と行動をともにするかだったり)の側はぼくのことを気にせず月単位や週単位の予定を組んでくるので、ぼくが何をするか、そして何をしないことにするかまで含めて、こちらの責任でうまいこと折り合いをつけなければならない。単にやりたいことの頻度を調整すれば済むといった話ではない。あまり具体的に書かないが、正直、そこらへんまでうまいことやることに関して破綻気味である。少し前にも書いたような気がするが、開き直るのがうまくなって、精神的な逃げを作れるようになってしまった。これを良いと捉えるか悪いと捉えるかはわからないが、おかげで「遅れてやってきた五月病」だとかなんだとか騒いだりせずに済んだ。」 ― というワンパラグラフを先月末に書いていてどこにも載せていなかったのでとりあえず載せておく。

 

ここからが今書いてる文章。東京でできた友人であるあやみゃん氏がひとり暮らしスタートからの記録を毎日つけているようなので少し刺激を受けた。新しい生活、というのは記録しておくと大変よいと思います。などとぼくもいつもそれは思っているのだけれど、どうにも新生活で記録がうまくいったことがあまりない(のをぼくはわりと後悔しているので、ぜひとも続けて欲しいなー)。そんでまぁこんなタイトルにしてみたけれど、103というのはおおよその数。寮も含めて「ひとりでの生活」ということならさらに1000日ぐらい足せば大体合うだろう。

 

やはりというかなんというか、寮を出て一人暮らしになったからといってそれほど大きく生活が変わるわけでもない。前の寮でも食事は出なかったから自炊もしていたし、さらにその前に住んでいた予備校の寮は部屋にバストイレついてて全部掃除もしてたしで、この春から新しくやるようになったことということはほとんどないのではないか。人生で初めて自分で公共料金を払ったりとかせいぜいその程度(手続きが嫌いなぼくにはこんなのでもおおごとだったけどな。コンビニで払えると気づくまでに数日を要したけどな)。逆に言うと、19歳になった春に突然一人暮らししてたら息絶えてたな、というのは思う。それはもう確実にそうだったと思う。3年間でちまちまつぶしてきたメンタルブロックの数々をなでなでしたくなる。なでなで。

 

春まで住んでいた寮では5階分エレベータを降りて炊事場に行かないと調理ができなかったのがとんでもなく面倒だったので、生活しているのと同じ空間で料理ができるということの素晴らしさを全力で味わっている。久しぶりにカレーを作ってみて、煮込んでいる間に1m先でパソコンで作業ができるということにとても幸せを感じた。洗濯機もそう。洗濯物を干しっぱなしにしていても消えないというのもいい(干しっぱなしにするなよ)。そして時間を気にせずしゃわれる。あと、部屋を出てすぐ道というのが、わりと嬉しい。寮の廊下とエレベータは、無視できるレベルだけれど、ほんとうに微かなレベルなんだけれど、すこーしストレスが溜まる空間だったのだなぁと今さら気づく。コンビニや駅は遠くなったけれど、ゴミはすぐ出しにいける。

 

これまでに生活していたどんな部屋よりも「それなりに片付けている」気がする。十分すぎるほど散らかっているし持ち物が(部屋サイズに対して)多いから部屋を見栄えよくする気がないことは認めるけれど。収拾がつかなくなるほど散らかすということはしなくなった、ということ。数日おきに片付ける。狭い部屋なので、わりとすぐ片付く。片付けようと思ってその日に片付が終わるというのがぼくの人生のなかではかなり特異なことなのである。その一方でやばいなーと思っていることその1は、ペットボトルを捨てるのがどうも面倒でほったらかしにしてしまって気付いたら溜まってること。これはこの3年間わりとずっとそうだったのでどうにかしたい。そんなもんどうとでもなるだろと思うけれど、そんなこと言い出したら一人暮らしで起きる問題なんてたいがいどうとでもなる。あとGが出ること。嘘。いまのなし。Gなんていない。記憶を修正。本当はほかにも二、三個あるけれど書きたくない(つらい)。

 

今日(12日)は友達に誘われてイメージメーカー展というのに行ってきた。数は多くなかったけれどいろんなアートがあって、絵画のようなフレームで動画が飾ってあったりしたのが面白かった。ほとんど動かない映像もあったけれど、映像だと何か起きるんじゃないかと思ってしばらく注視してしまうので、結局静止画よりも細かく見てしまうということに気づいた。くるくるしてるのが面白かった。

 

友達とあれこれ話せたのが相変わらず楽しかった。ぼくは「自分の選んだコミュニケーションの方法に対して相手がとるリアクション」がわからずに怯えるタイプだと最近、正確にはなゆらぎ誕のとーくたいむに出た煙草とかまってちゃんの話のなかで、改めて自覚したところだったというのもあって、話題を極端に制限せずに話せる相手というのは貴重だなあと思うなど。話があっちこっちとぶけれど、今日話していて気づいたというか思い出したメンタルブロックがひとつあって、「図書館のレファレンスサービスを利用すること」。あれ、いつかはやりたいと思ってるんだけどなぁ。

 

ここから先の話をだらだら書くけど主に自分のメモ。懸案事項(という言葉は嫌なことを思い出すので極力使いたくなかったけれど)は3つほど。どれもここ最近の中では軽いものなので、まぁいいかなという感じ。書かないけど(書けるくらいならなんとかしてる)。それはとは別に来週からちょこちょこと始まる期末試験も心配だけどそっちはなんとかするしかない。人よりも一段階後ろの部分に努力を注がなければならないやつが多すぎるけどなんとかするしかない。8月に地元で友達と短編映画撮るのでそろそろ構想練りたい(ずっと前に考えた案ならたくさんあるけれど)。かこけん書いてない。かこけん書いてない。かこけん書いてない。

 

いつかどこかに書くだろうと思って何だかんだどこにも書いてないし気づいたら忘れてそうだなってこと、考えてみると断片的にあちこちにあって、そういうのまとめて書いてみた。こんなとこ。こんな生活。大学とバイト行く以外は、本読んだり、ときどき人と会ったりしてる。共同ブログの断念関連の記事は近々書くからそこで少し触れるかもしれないけれど、改めていろいろ断念した。これが正解かはわからないが、今のところの暫定解に素直に従った結果だし、ここまでの選択はそう間違っていたと思わないし、さしあたって自分の大事なものは壊さずにいられているので、しばらくはこのまま生活を続けようと思う。

 

いよいよ夏がやってきた。いつも心に中二病。おやすみばたり。

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