ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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9/48 編物語はゆるやかに形を変えて(さようなら2014年)

「めぐり逢い」によって、自分の過去が、自分のなかで、ようやく公認されたような不思議な感覚 ― すべての過去が意識され、すべての過去に特権が与えられたような、誤解をおそれずいうならば、すべての過去が『報われた』ような感覚に陥ります。再結合によって現れてきた「過去の新しい意味」によって救済され、未来が明るみに乗り出してきます

 

らららぎさんが以前にこんなことを書いていました。(もとの記事は現在非公開ですが、「ギークハウスで雑感日記」(らららぎの亡霊たち)に引用されていたので、それを孫引き(?)しました) もう二年前になるのですか。当時これを読んだときには、まさにそのころ考えていた通りのことが丁寧に言語化されていて震えたものでした。数学的に言えば、ぼくらの過去全てが含まれた集合の構造(並び順や関係)が次々に改められていく。編み直されていく。ぼくはそれを伏線回収と呼び続けていて、いまでもたまにそう言いますが、今年も本当にそんなことがたくさんありました。

 

18歳までの自分から脱出することのできた2012年、19歳の自分を思い出にすることができた2013年を終えて、そしてまた一年が経ったようです。またゆるやかにいくつかのものが終わっていき、いくつかのものが静かに始まりました。「ゆるやかに」と書いたのは、変化が特別ゆるやかだったというよりも、ぼくが変化というものに過敏に過剰に反応することがなくなってきているからだと思います。この数年で成長らしきものがあったとすれば、たぶんそれだけでしょう。

 

完全に余談ですが、予備校時代から読んでいた漫画(『神のみぞ知るセカイ』)が完結したり、高校時代から読み続けていたほとんど唯一のライトノベル(『ベン・トー』)が完結したり、そういえば友だちに借りて読んでいた『おやすみプンプン』も完結しました。「ああ、色々終わったなぁ」と思いました。もう定期的に読み続けているのはコナンぐらいになりましたね。そのコナンもバーボン編がようやく終わって、ああ長かったなという感じで、あっでも来年はデジアドtriが始まって……あかんあかん閑話休題しましょう、閑話休題閑話休題。

 

一年を漢字で表すという習慣はいつから始まったものなのでしょうね、なんとなく楽しいのでぼくも久しぶりに考えてみたのですけれど、今年を表すのは文句なしに【編】でいいだろうなと思います。直接的にはもちろん、延々と言葉を編んだり、編まれたものを編んだり(つまり編集したり)、していた一年だったという意味を込めて。間接的には、何度も何度も新しい物語を編み直したという意味を込めて。

 

夏のはじめごろ、らららぎさんと二人で「みんなでしんがり思索隊」をはじめました。「きあずま」と呼ばれるお題をテーマに、参加者がそれぞれ記事を書いていく共同ブログです。しんがり思索隊に関するあれこれはあちこちにこそこそ書いているので改めて長くは書きませんが、編集としても読者としても一執筆者としてもとても楽しんでいます。はじめは「二人でしんがり」だったのが、一瞬で「みんなでしんがり」に変わりました。幸せなことです。自分で記事を書くほうはあんまり進んでいないので、来年はもっと書きますね。

 

夏には、実家で大急ぎで映画もどきの脚本を書いて、街を走り回って撮影しました。数年おきに中高時代の友人と映画というの名の内輪ネタ映像作品を作っていて、2014年あたりに完結篇を撮ろうみたいな話は以前から出てきていたものの、まぁもう作らないかなと思っていたら、「いや作るでしょ起きて」みたいな感じでみんなが待機していたのです。なんだか巻き込まれることが多くなりました。母校の文化祭のエンディング映像もなぜかつくることになって、ひたすらその撮影やら編集やらに追われた夏でした。いろいろ思うところありましたが、8月最後のブログにも長々と書いたので、今回はこのくらいにしておきます。

 

秋には「かこけん」の第三号を発行して、一応編集を担当しました。いろいろめちゃくちゃなことをやってしまってほかのメンバにかなり迷惑をかけてしまったけど何とか終わって良かったです。とても個人的な話を書きつづった不合格体験記は、見知らぬ方々からもなぜか「面白かった」と言ってもらえているようで(よかったといっていいのかわかりませんが)よかったです。いつぞやに「おもりの話」を書いて保留にして以来、さすがに受験のことはどっかで完結させなければなと思っていたのですが、こんな多くの人の目につくところで文章を書くことになるとは思っていませんでした。

 

そして「編」といえば「あみめでぃあ」ですね。徹夜明けのねぼけ頭でらららぎさんと話しているときに、文フリで同人誌を出しましょうって話をしたようなしなかったような、そのあと新宿のチョコクロで「概念集」をコンセプトにしようという話になったようなならなかったような、ともかく気付いたら文芸誌を作っていました。編集は全部らららぎさんにお任せしてしまったのですが、そ、そのぶん中身を精一杯書きました。「約束」「ダブる」というテーマで二本書いたのですが、とってつけたテーマというわけでもなく、どちらの文章も、自分がようやく見つけ出した「生きやすくるための考え方」みたいなものを詰め込んだものです。踏みつけた台を何かしらの形で残しておきたいとは思っていたのですが、まさか本という形になるとは……という感じでした。

 

年末は例によって例のごとく(と言って伝わるのは一部の友人だけかもしれませんが)映画もどきの編集に追われていました。編集する時間をたっぷり撮るために夏休みに撮影したはずなのに、気づけば当日(昨日)に突入していて、みんながカニ鍋(北海道の大学に進学した友達がわざわざカニを持ってきてくれた!!!)を楽しんでいる中に必死に編集作業を続けていましたが、まぁ、こういうのが楽しいんですけどね。高校の同級生がみんな大学を卒業するので(嘘です、二年生も三年生も、大学やめたやつとかもいますけど)、こんな風に集まって騒ぐのも、最後とは言わないまでも一旦はここでひと区切りなのかなぁって思いました。

 

とにかく本当に、書いては編集し、書いては編集しと、そんなことしかしていなかったように思います。そんなことしかしていなかったというのは、それ以外は死んだような生活をしている時期が多かったという意味でありまして、もう本当に何かを書くことと編集することだけがぼくを現実世界につなぎとめていたといっても過言ではないでしょう。

 

友だちがある出版物の相談をよくしてくれて、企画の話をしたり、一緒に文章を練ったりもして、それもすごく楽しかったです。そういえば一年前の今ごろはその子と初めて会って一緒にいたんだっけってことをふと思い出します。本当にお世話になりました(なぜここでいう)。

 

月並みですけれど、今年も本当に色々な人に助けていただきました。服がない服がないと喚いていたら服を下さる方がいて、引きこもっていたらキャベツを持って来てくれる友達がいて、カレーのレトルトとか大量に送ってくれる友達もいて、これほんとに助けてもらってなかったら行き倒れてたんじゃないかってレベルのぎりぎりラインを助けてもらったように思います。そんなぎりぎりラインを生きないようにがんばりますけれど、あの、本当にありがとうございました。小さなことでも本当に色々あった。あるシェアハウスに、ことあるごとにお邪魔しているのですけれど、そこでもいろいろな出会いがあって、それについても書きたかったのですが、このままでは書き納めにならない気がするので、それはまたの機会にします。(「読む人が年内に読み納めできる時間に投稿してよ」とにぽくんにつっこまれて、その通りだと思いました) まぁともかくですね、「みんなラブやで~!」

 

大学中退とか受験とか再入学とか、そういえばあれも今年の出来事なわけですが、もうそんな話は大してぼくのなかでは重要じゃないんだなって今書いてて思いました。というか、(かこけんのところで一瞬触れた以外)この記事に書いてなかったことにいま気づきました、このまま気付かずに投稿してしまうレベルでした。一応書いたからいいよね、はい。あっ、引っ越しは大ごとだったよ。手伝ってくれた人とかありがとうね。一人暮らしは順調とは言い難いですが、これからなんとかしていきます。

 

ふう、年末年始の文章っていつももっとセンチメンタルな感じで書いていたような気もするのですが、今年はこのくらいの空気感がちょうどいいのかもしれません。なんにせよ、いいですね、年末というのは。過去を振り返ってばかりの人生はやめましたが、たまに振り返れるから、また前を向いて生きていけるんだろうなと思います。それこそ、帰郷のようなものかもしれません。年末なんて何の区切りでもないといってしまえばそうなのかもしれないけれど、それでもぼくはこういう区切りが大好きなのです。

 

来年の自分の姿が未だ見えないし、色々つらいことがありそうな予感がすでにふつふつとしています。それでも、楽しい約束もたくさんあることだし、せめてぼくらしく、いろんな糸を編んで、いろんな物語を練って、生きていこうと思います。よいお年を。ちくわでした。

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本当にくだらない、くだらない、くだらない記念。

部屋を片付けた。概ね。完全ではないけど、帰ってきて「お、おう…」ってならない部屋にはなったと思う。問答無用で片付けるよう命じてくれた友達に感謝する…。

色々と考えて、結局、行動するしかないんだろうと思った。というかやっとそこを何人かから刺してもらえた。特に親友からぐさぐさ刺してもらった。行動するしかない…とか、こうやって書くとなんてくだらない話なんだろうか。かりそめの目標でもいいから…じゃねーや、約束でもいいから、刻みつけておくことにした。あとからそれと同じ考えを自分が持つかどうかは二の次で、そのとき「絶対に叶えたいと思ったそれ」「のためという名目で」「目の前のことを必死にやる」ことにした。ああ、ほんと馬鹿げてるよな。小学生かよ。頼むからこの段階にまた戻ってくることがないようにしたい。せめて戻るならこの約束までにしてくれ。何にも成長してないんだよ。二年前にあれほど、あれほど、あれほど痛い目を見たって、変わらないんだなって、思った。

「『自分には××ができない』を検証する」のをやめろ。親友から言われてようやく、本当にようやく、そこを直視しないといけないことになった。その機会を逃してはいけないので、本当にこれだけは絶対にやめようと思う。しかし、なんで今まで見逃してきたんだってくらい、ぼくは毎度毎度毎度毎度これをやっていた。自分でできないことを設定して、適当にやって、ほらできなかったでしょ!!!みたいな。アホか。もうこれ来年の抱負その2にしてもいいかもしれないな。

諸事情で時間がないので投稿だけしておく。時間も今日はいじらないでおこう。頼むから、頼むから、頼むから、明日のぼく、来年のぼく、来年度のぼく、ここに書いたことを忘れないでほしい。

ゆず胡椒をごはんに乗っけたら予想以上においしかった

寒い。本格的に冬がやってきたな……。Twitterにも少し書いたけれど、二年前の冬のことを思い出していた。ぼくが、今のような勉強の姿勢……というか、それにつながるような姿勢に、転換した冬だったとも言える。なんとなく思い出してしまうのは、この冬があの冬に少し似ているからだろう。まず、ぼくが大学一年生だということもそうだし。年末に中高の友人に集まる約束をしていて、そのために映画の編集をしているということもそうだ。そして何かしらの区切りの時期(今回は同級生が社会人になる春を控えている、二年前は成人式)で、多くの友人が帰省する予定であること、あとここには書かないけれど、二、三個、小さな共通点がある。そのころのノートをパラパラ読み返すと、ああこの頃はモチベーションをあげるために読書論を読み漁っていたなとか、四元数を知ったのもこの頃だったなとか、記号論の授業を受けていたなあとか、なんだかとても懐かしい。自分で言うのも変な話だけど、「ああ、あのときのぼく、よく頑張ってくれた」と思ったりする。あと二年前くらいの文章を読み直すと、ああ、こんなことでも当時の考えを書き記していてよかったな、と思う。

 

だめだ眠い、なんか書きたかったけど、今日はおしまいにしよう。うーん、動画の編集にも本格的にとりかかる予定だったのだけど、結局寝る時間になってしまった。(京都行ってから生活リズムが健康的になってしまった(いいことだよ)。自分の家のないところにいくと、夜は夜として過ごさねばならないし、昼に寝るわけにもいかないので、強制的に生活リズムが戻る)そして気づいたらもうこんな日付なのか……水木金土日でやることを全部終わらせねばねば……。

肉屋に行ったら豚コマが安くて、大丈夫だよって言われた気がした。

このブログを始めていちおう二年半近く経つ(実質書いていた期間はもっと短いけど)けれど、二週間更新を欠かさなかったのはたぶん初めてではないだろうか。本当の本当にどん底にいるときには、ブログなんて書く気は起こらないから、まだしもマシな精神状態にあるということはわかる。

目の前のことを一生懸命やってる人を見るのは好きだ。好きだし、本当にすごいなぁと思う。忙しくても最低限のことはこなしたり、つらいときでもできるだけ明るく振舞おうとしたり。そういうのは今のぼくにはできないことだ。つらさを共有できないというのはまたつらいことだ。「あなたもつらい、ぼくもつらい」だと共有できない上にこっちも動けないし、「あなたもつらい、ぼかぁつらくない」だと話はきいてあげられるけれど本当は何もわかってないなーとか思われてそう。難しい。でも、すごいなって思ってるし、力になれたらいいのだけどなぁといつも思う(まずは自分のことをきちんとやれ)。

今日は本当に何も考えないうちに一日が終わってしまった。そういうわけで、ブログも短い。…そういえば、新宿だかどっかで廃道の写真展をやっていたのが今日までだったっけ。何となく行きたかったけど、結局行かなかったな。

戻ってきた

昨日は鈍行で京都に行き、今日は鈍行で東京に戻ってきた。電車に乗っていようが、どっかの店に居ようが、家に居ようが、図書館に居ようが、どうせあんまりやることは変わらない(勉強するか、本を読むか、iPhoneを通してネットで何かを読むか、文章を書くか)というのはまぁそうとも言えるし、そのわりには今日はあまり何も考えずに過ごしたなとも……いや、本当は電車に揺られながら色んなことを考えたんだけど、どうもいつもと毛色が違うというか、いつものテンションでうまく書けない。疲れてるだけということもある。

 

予定通りネカフェに泊まった(ネカフェという空間にごくたまに行くのがすきなのだ)ので、少女漫画をパラパラと読んだ。どうして少女漫画というのはあんなに「少女漫画だよ!」な装丁をしているのだろうか。いつも思っていることだけど、少女漫画って面白いのたくさんあるのに、こういう機会でもないと手にとりづらい(ぶっこふとか一面本棚がピンクでめっちゃ立ち読みしづらい)。「少女漫画のようなフィクション」を求めていたのに、そういう存在がそこにあると気づかずに、ほかで代用しようとしてもったいないことになってるという人、結構いるんじゃないかなあ。

 

あらゆることで、楽な方へ楽な方へと行っている。それをぼくは後悔する日がくるのだろうか? もちろん自分なりに限度は考えて「これだけは自分として守るべきラインだ」というところは守れるようにしていくつもりだけれど、それにしても、つまり自分が許容している部分だけ見ても、楽な方には行っているのだ。もちろん未来のことなどわからないが、それでもどちらかといえばぼくはそれを悔やまないだろうというほうに賭けている気がする。(繰り返すけど、意志が弱くてやるべきことをやらなかった云々の「楽な方へ」じゃなくて、自分がきちんと決断したその決断の内容そのものが他と比べて楽なものだったり、そういうレベルの話)。昨日会った某氏はぼくが後悔する日が来ると暗に言ってくれた。どちらなのかぼくにはわからない。

 

人生は、絶対的に大切なものが何かという確信に至るには、あまりにも短いと思う。それこそ、生きていくお金さえ手に入れば、一生夢を見て過ごせる時代かもしれない。たとえばだけれどTEDとか見てると、世界はどんどん進んでて、すごいことする人がたくさんいて、人類まだまだ捨てたもんじゃないなとかなんかまあ明るい気分になってくる。いっぽう、カツカツの暮らしをしている人や苦しい仕事をしていることに悩んでいる大人の書いてるものなんかを2chだとかで読んでいると、暗い気分になってくる(正確にいうと、その暗さを慰めとして消費するために見ているあたりがまた歪んでいるのだが)。どちらも浅はかな、吹き飛んでしまいそうな幻想なのはもちろんわかっているが、夜は元気で朝は絶望している(逆の人もいる)のと同レベルで、あるいは少女漫画を読むと恋愛脳が再び活き活きとし始めるのと同レベル ― の低い次元 ― で、そういうことは起きる。世界観、価値観と軽く呼んでいるものなんて本当にいいかげんだ。本当に揺らがないものを手に入れたければ哲学するしかない(ぼくには無理だ、少なくともその意味での哲学は)。いいことか悪いことかはわからないが、ともかく自分の見たい世界だけ見ても、生きていける時代なのだ。イメージが過剰だ。まぁいずれにしても自分がどんな生活をしているかというのは大前提にあるのだろうけど。ブラック企業で死ぬほど働かせられているときには、さすがに世界は素晴らしいとは思えないだろう。ああ、一例だとしても、頭の悪そうなことを書いてしまった。本当はこんな視野を狭めたくはないんだ。でも、達観した気になってもたぶんまた飲み込まれるのだろう。

 

結論を繰り返してもしょうがないし、中途半端だけどこのへんでやめておく。そういえば、帰りの米原~大垣のあたりで、窓際は寒いなと思ってふと見たら外が真っ白になっていて笑った。今回は期せずして、なかなか色々な車窓を見ることができた移動だった。

京都に来た

青春18きっぷで京都に来た。
午後の天気はよく覚えてないけど午前はきれいに晴れていた。
海沿いを走るときに日の出だったのでないすたいみんぐだった。

京都に着いて某氏と会い、例によって色々と鋭いことを言われる。
ふむ。
今後どうしよう…。

夜、こっちの大学で演劇をやっていた友だちの卒業公演を観る。
今回のメインの目的。
そういえば彼が脚本演出の作品は観たことがあったけれど役者やってるのを観るのは初めてだった。
普通にうまくておおお…:;(∩´﹏`∩);:....ってなってた。
何かを続けるってのはこういうことなんだなあ…。
作品自体も面白かった。シェアハウスが舞台だったから、またいろいろと…。

ほんとに日記しか書いてないけど、さすがに眠い。ばたり。

コミュ力について何となく思ったことを書き留める

コミュ力という言い方は便利だ。ただ、大きな問題点 ― ぼくにとってということ ― がふたつあると思った。

まず、はっきりとそういう名前をつけてしまったがために、パラメータのひとつになってしまったこと。ほかに何か等価なものを用意してトレードオフできるような、つまり、コミュ力がなくても○○があれば補えるよね、みたいなものとして扱われている。けれど、(あらゆる意味で)人間は一人では生きていけない以上、コミュ力というのは結局のところ生きるための力そのものである。総合力というか、あらゆる能力の上位概念 ― とまで言うかどうかは価値観によるだろうけれど、すくなくとも「特技のひとつ」なんかではないように思う。そこらへんを勘違いしそうになる(ぼくが)。

あとそれから、こちらはすぐ思いつくことだろうが、「コミュ力」という何やらもにょもにょした言葉にしたことで、面倒くささが際立って、本来しなきゃいけない問題解決が遠のく。らぎさんが、ひとつひとつの家事が面倒なのではなく家事の印象が面倒なのだと言っていたが、コミュ力という言葉にもそれと共通する良くない感じがある。結局はひとつひとつの場面での姿勢の問題なのに、何やら遠い世界の話に思えてくるし、何かを考える前から何となしの不快感でコミュ力ガーとごにょごにょ言う生き物になってしまい、それが何となくの不快感を膨らませる。しかも、コミュ障とはコミュ力が低いことでありコミュ力とはコミュ障ではないことを示す力だという循環的な定義が生まれ、自分がコミュ障だーとか決めた時点で永遠にコミュ力は手に入らなくなるし、本質を見失う。

全部自戒ね。

明日から京都に行く。

"IF YOU WANT IT"

こないだの某友人と会っていた日のブログには二点必要なことが抜けていて、ひとつは楽しかったーということでもうひとつはようやく前に進む準備が整いはじめたなということだった。

とりあえず自分に言いたいのは、落ち着け、ということだ。2014年の目標を思い出そう。未来を未来として捉える。また忘れてる。確かに今のぼくはどうしてもできないことがある。気づいているのに ー そこさえ直せば(直すという表現も乱暴だけれども)なんとかなると気づいているのに、どうしたって変われないってことがある。だからもうだめだと思う。一生いまのぼくであることを前提に話を進めようとそこがおかしいんだよ。二年後、三年後に、同じようにそれはできていないことなのだろうか。そんなこと、わからないんじゃないか。だいたい、この二年くらいで考えることなんて大きく変わったはずだ、その前の二年だってそうだ。なにがあるかわからない、なにがあるか。

別の話。知れば知るほど、知りたいことが増えてゆく。読めば読むほど、読みたいものが増えてゆく。それは何も風船の表面積のたとえだけで終わるものじゃないようだ。何かを吸収しようとする時間が長ければ長いほど、そういうものに触れていることが自分にとって良いことなのだという文化の中を生きることになる。何もしていないときに比べて、もっともっとそういうものに触れたくなる。時間が足りない。やってもやっても、やりたいことが尽きないというのは幸せなことだが、たまには(たまにはでいいけれど)とりあえずひと区切りやったぜーってところまで辿り着く安心もほしい。山小屋のような。そういう日が来るだろうか? 来るとしたら、最初は何の分野だろうか?

数学

ぼくは数学専攻でもないし多分そのうち理系の世界からも姿を消す予定の人間だけれど(つまりこの記事に書いてあることはぼくの雑談であって数学的な厳密さは無いからなという言い訳だぞ、マスハラ、ダメ絶対)、数学を数学的に積み上げていくのが好きだ。自分のペースでやってると絶対に周りに追い抜かれるけどそれでも好きなのだ。集合論をかじって簡単な論理記号を覚えて、大したこと言ってないのになんかかっこいいぞ! みたいなのをいっぱい書く、というのだけでもとても楽しい(なんてことは表立って言うとガチ勢に撃たれるから普段言えない)。公理ってなに定義ってなに定理ってなに証明ってなにみたいな数学(書)の読み方=数学のルールと、簡単な集合論の基礎だけがんばって身につければ、あとは誰でもいつでもどこでも気の向いたときに数学遊びができるというのは、本当に素晴らしいことだ。

 

ぼくが大学レベルの数学に足を踏み入れた時、昔からの友人のこあつーくんが、「集合に構造を入れるという考え方」がスタートラインだぜ的なことを教えてくれた。これは本当に面白くて、しかもあらゆる数学の基礎になり、そして数学以外にも応用できる考え方だと思う。集合はとりあえず物の集まりみたいなもので(数の集まりのことも多いですが、物の集まり程度でお茶をにごします。というのも、現代数学では「数が何かを説明するのにも集合を使わないと説明できないから、先に集合が何かを説明しなきゃ」みたいな感じなのです。高校では一年生のときに数学Aで一瞬登場して、なんでこんなことやるんだー、って感じだったかと思いますけれど、本当は何よりも重要なのですね)、{}でくくったりするけれど、まあそれは形の問題にすぎない。次にその集合に「構造」を入れることを考えるのが数学のかっこいいところ。数学用語で構造っていうのがちゃんとあるのかぼくもよく知らないけれど……。集合に構造を入れたもののことを「空間」と呼ぶことがある。つまり、数学でいう空間というのは点の集まり(の特殊バージョン)なのだ。

 

雑な説明になるけれど、この世界で普通に幾何学を考えるときの、誰もがよく知っている「空間」のことを「ユークリッド空間」という。このユークリッド空間は、いくつも満たしていなければならない条件がある。それを構造と言ってもいいかもしれない。この条件があるからこそぼくたちの知っている空間として成り立っている! というような条件たち。さて、この「ユークリッド空間」を支えている条件を、将棋崩しよろしく、ひとつひとつ、外していくとどうなるだろうか。もちろん、この条件というのは、ユークリッド空間がユークリッド空間であることを「ぎりぎりに支えている」ものだから、ひとつでも欠けるとそれはもうユークリッド空間だと ― 無根拠には ― 言えなくなる。しかし、何かしらの意味を持っているのである。たとえば、そうやっていくつかの条件を外していき、「距離という概念」の存在だけを条件として残したものを、「距離空間」と呼んだりする。ぼくたちの知っている空間ではなくなってしまうが、ぼくたちの知っている距離の性質は完璧に成り立つという世界だ。

 

ジェンガのようにさらにもっと条件を外していくと、「近い、遠い、連続している、などの概念だけは残っている空間(しかし距離という概念はもはやない!)」なんてのができあがる。これが位相空間で、ぼくが一年前頃にどっぷりとはまっていて、やっぱり数学って素晴らしいなと思っていた「位相」という考え方のスタートだ。英語ではトポロジィというのだけれど、日本でトポロジィというと「位相幾何学」(ドーナツとコーヒーカップが同じ形みたいなあれです)のことを指すこともあり、もちろん関連しているのだけれど、用語としては混乱しやすいので、「位相」と書いておく。

 

慣れ親しんだ概念が、数学という世界で一度リセットされ描きなおされるのは感動するものがある。点とか曲線とか、自分がよく知っているものの「定義」が、とある数学世界(正解はひとつではないように、世界はひとつではない)で「???なんだそりゃ!?」みたいな方法でなされて、しかもその定義を満たすものは、確かに「ぼくたちのよーく知っているそれ」とそっくりな振る舞いをしたりするのだ。おもしろい。おもしろい。

思い出すという感覚を思い出すこと

例によって、具体的なことをネットに書く気はないが、せめて抽象的にでも書いておく。二年前から一年前にかけて、他人が自分との関係を簡単に切断することに対して延々と非難していたくせに、よくよくわが身を振り返ってみれば、自分も同じように簡単に切断で逃げることだらけだったのではないだろうか。気づいてしまえばどうして気付かなかったのかと思うほどで、でも本当に気づいていなくて、去年のぼくはこの部分に関しては(原因そのものが自分にあることは最初から認めているにしても)相手を非難することにはそれなりの正当性があると信じて疑うことをしなかった。自分の気づかない自己防衛策というのは、本当に恐ろしい。


全然別の話だが、世界にとって制度だのなんだのがいびつで矛盾を抱えた存在だとしても、そのいびつさを直そうとして真っ先に排除されるのはぼくのように本来資格がないはずなのに恩恵を受けている人間だからな。結局はいびつさをうまいこと使って生きていく側の人間なんだよな、ぼくは。世界を変えたいと意気込む人は、自分がその変わった先の世界で消えてしまうとしても、やはり変えたいと思うのだろうか。いや、皮肉ではなくて、そうだとしたらすごいと思うし、人間の社会というのはそうやって進んできたのかもしれない。


なんだかいろんなことが他人任せだ。自分の好きにしたいくせに他人任せにしている。思い出すことすら、自力でできなくなっていやしないか。そうだ、ぼくはこういうものが好きだった、と、そう、思い出す。誰かの写真に目を開かれて、誰かの言葉を噛んでみて、誰かの声に起こされて、何かの香りに呼ばれて、何かの味を見つけて、寒さや日の光に捕まって、思い出す、思い出す、思い出す。思い出したそれが本物なのか、幻想なのか。わからない。デジャビュというものがあるように、人間は記憶を改ざんできる、いとも簡単に。偽の思い出話を三回されると、次から自分で語り出すみたいな話もあった(要出典)。セカペンさんは一人の伝言ゲームだと言った。

それでも、思い出したように思う瞬間が増えたようには思う。思い出したのだ、これは、という感覚に気づいたのかもしれない。言葉遊び的だが、単なる言葉遊びでもない。思い出すという感覚を思い出せ。ある座標にマッピングさせる写像と座標そのものに本質的な差がないように、記憶(名詞)と思い出す(動詞)に差はないのかもしれない(現象学だったら、動詞のほうだけ見るかもしれない…というのは素人考えかな)。とにかく、思い出している瞬間に気づくように少しずつなってきた。らぎさんが原体験という言葉で呼んでいたものに近いかもしれない。辿ればあるのに、おいてきたもの。雑踏に飲み込まれて、風景に飲み込まれて、そこにそれがあったことさえ忘れているもの。たとえば、体系化された学問の渦に巻き込まれてしまった、自分の本当に知りたかったこと。案外それは、学術書ではなくて、その辺のおばさんの言葉に転がっていることもある。アカデミズムは素晴らしいし、そちらにもぼくはたくさんのものを見つけてきたが、心がオートマトンになりそうになるのを止めるのは難しい。その意味で自分を殺すことに(自分を殺すは多義語だから注意がいる)慣れすぎてしまった。つるつると滑りが良すぎるのだ。

ヘリコプタでさえ完全に定点に居続けるのが難しい(そもそも定点というのは地球を基準にした同一の場所でしかないけど)わけで、ぼくたちは空間に点在する自分の始点だとか自分の視点だとかをすぐ見失う。それはとても難しい。量的に捉えようとすれば座標の数値は小数点以下で割り切れず、質的に捉えようにもその空間には目印などないから。それを思い出す。書いて書いて、書くだけじゃなくて描いたり撮ったり唄ったり踊ったり弾いたり叩いたり叫んだり演じたり走ったり折ったり切ったり貼ったり繋げたり削ったり結んだり編んだり練ったりをして、少しでも近いものを思い出す。それでも忘れたままでいて、誰かの表現に自分の忘れていた自分のいた点が見えたときに、あっそれだ、待って、もう見失いたくないんだ、とどまってくれ という気分になったりもする。たいがいまた見失うんだけど、そこに何かあった、くらいは思い出すんだ。これ以上視覚的な比喩を重ねると混乱して言葉遊びだけが残りそうだが、あえてたとえるなら、そうやって輪郭をつかんで行くんだと思う。

さんすうのころ

小学校のころ、『数の悪魔』という本を、自分で借りてきたのだったか両親が借りてきてくれたのかもう定かではないけれど、どこか図書館から借りてきて何度か読んだ記憶がある。好きな本だった。この間、ぶっこふで見かけたので読んでみると、無限の濃度についての記述(そのような表現はもちろんされていなかったけれど)があったり、かなり数学的に高度なことがたくさん盛り込まれていて驚いた。

小学校の算数の授業は好きでも嫌いでもなかった。だいたいのことはわかるが、「好きじゃない」という感じだったかな。基本的にそんなにわからないことはなかったけれど、さっぱりわけわかめなのがあって、「おおよそのかず(概数)」とかいうやつだ。概数ってなんだってのがまずよくわからなかった。概数の割り算に至っては、割られる数を上から2桁の概数(3桁目を四捨五入)、割る数を上から1桁の概数(2桁目を四捨五入)にして割る、というルールだけ説明されて、それまでのかっちりした算数に比べて「な、なにをやらされているんだ?」とちんぷんかんぷんだった。今思えば、九九で計算できるようにするために2桁÷1桁にしていたのか、あるいは精度の調整かもしれない。149万÷○○という計算があったとして、149を100にするとほぼ半分のずれが起きるけれど、○○÷149のときに149を100にしてもずれるのはせいぜい三割程度だ。…という理解でいいのかなわかりません。

熱で頭がぼーっとしているときなどに、頭の中を数のような何かが踊っているようなことがあった。どんなことを考えていたか思い出せないが、たまにそのとき考えていたことを算数や数学が回収していくようなことはあったように思う。

何の話だっけね。中学になって数学をやるようになってからは、楽しいと感じるようになった。とくにオチはない(もっと長々と書こうかと思っていたが、小学校まで書いてあまり深い話にならなそうだぞと気づいたので終わる)。

そういえば『数理科学』の11月号の別冊?の特集が、いろんな数学者が数学をどう捉えてるかみたいな話っぽくて、読んでみたい。

煮卵をトッピングしたら煮卵が合計2.5個になって笑った

本当に身辺雑記になっているけれど、日々をこうして残すことに、何かの意味があると信じたい。読んで面白くない日も多いだろうに、読んでくださる方がちらほらいるのは、嬉しいような申し訳ないような…。

6日の夜から7日の夜にかけて、中学からの友人と会っていた。何人かで集まる予定だったけれど、結局ぼくと彼だけになった。夕食を食べてから、彼の車で延々くだらないことをしゃべりながら、別の友人が夜勤しているコンビニまで行ったり(さすがに余計なことはしなかったけど、休憩のときに偶然話せた)、停車中に『四月は君の嘘』の布教をされたりしたあと、ドンキで安いワインを買って彼の家で朝まで延々しゃべっていた。

あの部屋に行くのは久しぶりだった。彼が、ぼくも去年まで住んでいたあの寮を出て今の部屋に引越したのが、おととしの夏。ぼくも引越しを手伝って、とにかく暑かったことを覚えている。その年の秋は、ぼくが飛行機に乗り遅れたりふられたりして、予定が詰まっていたはずの秋休みが全部暇になったから、彼の部屋に入り浸っていた。二年前の映画も、何シーンかはそこで撮った。去年から行く頻度が減ってきててほんとに久しぶりで、懐かしいというのか、ぼくがまだ東京の生活に慣れ切ってなかったころの空気を思い出した。

他人と話していて気づかされるのは「ああぼくは自分自身や周囲に対して、いかに多くの、勝手で幻想でしかない前提を抱えて話を進めていたんだろう!」ということだ。ある意味メンタルブロックがひとつ崩せたのだけれど、あまりに具体的すぎてここには書けない。

ともかく、最近色々考えていたこととか、誰かに言いたくて言えなかったこととか、ほとんど全部吐き出したような気がする。ぼくが性格的にそういうことを吐き出すのが苦手なこともあって、そういうことのできる相手は現状限られていて、だから端的に言ってとても助かった。

現状と書いたのは、未来はどうなるかわからないから。自分が素直な言葉が吐けるかというのは、自分が理屈で考えた基準ではまだまだはかりきれない何かがあるようだ。悔しいけれど、それもまた再確認した。

最近あまり彼とも話してなかったような種類の話もけっこうした気がする。もうなんか覚えてるような覚えてないようなという感じだけど。……そういえば、どんな表現で言われたかは忘れてしまったけれど、「お前は昔から、自分にはこれはできないということを言うために、できなかったという結果を先回りして求めるようなところがある」みたいなことを言われた…ような気がする。(なんかぜんぜんちがう言い回しだったような気もするが、まあいいや)言われてみれば全くその通りなんだけれど、なんで昔からそれがバレてんだよ…って。

友だち。うーむ。特定の人間関係を形容するのは難しい。名詞で語るのは危ういし、形容詞や副詞に比較級や最上級をつけるのも危うい。長々と書くしかないけれど、書けば書くほどすりぬける。

散々話して、気づいたら朝になって、そのまま寝た。夕方ごろに目覚めて、彼の最寄り駅のラーメン屋でとても落ち着く雰囲気のラーメンを食べ、そのまま家路につく。貸してもらった浅野いにおの新刊を電車で読んだ。この人はどうして日常を日常として描くのがこんなに上手なのだろう。ぼくたちが言葉を必死で紡いで何かをそこに乗せるのと似た感じで、生活の断片をマンガ風に描いたものを紡いでそこに何かを乗せている、というのか、ううんなんか薄っぺらくなりそうだからやめとこう、保留。

自分の最寄り駅前のマックでコーヒーだけ頼んで、ちょっとだけ『多様体の基礎』を読み進め(ながらTwitterして)た。7日に§7を読んでいるということは、20日には§20まで読み終えるのでは? とか意味のわからないフレーズが頭に浮かんだけれど、絶対にそんなことはない。ようやくアトラスと再会し、その先ではいよいよ知らない概念と遭遇しはじめた。アトラスの同値の定義と、それについての説明が、数学っぽくてわくわくした。(あみめでぃあにも書いたけれど、「同じ」というのは本当に面白い概念だと思う。一年半前くらいに、同一視や同値類の話を知ってから、格段に数学が面白くなりはじめた。)極大座標近傍系が現れたあたりは、なんでそんなうまいこと考えつくんだ、という感じだった。手を抜きながら伝わるようにここで説明できる能力が、ぼくには、ない……ばたり。

でまぁぼちぼち帰ってきて、蛍光灯つけようとしたのだけれど、前日のぼくは蛍光灯だけ外せばいいのに何を思ったかアダプタごと取り外してしまって、元に戻せない……やる気がなくなったのでいったん諦めて今に至ると……(遠い目(8日AM3時なう

あかりの消えた日

君の部屋は、もしや明るすぎないかい――

(らららぎ『紙の灯りの前のぼく』ー みんなでしんがり思索隊)


いいえ、明るくないです(震え声)
らららぎさんの紙についてのしんがりが、なるほど! という感じだったのだが、いかんせん読むタイミングが悪くて、何が言いたいかというと部屋の蛍光灯がつかなくなった。これはこれで、光のありがたみがわかるというものだ。しかし、少しの光があれば本は読めるというのは、その通りのようだ。(でも光があるに越したことはなく、電車で読書できることに感動していた(あれ? これ結局らららぎさんが書いていたことまんまではないか…))

蛍光灯が切れて、なるほど、一人暮らしにはこういうイベントがあるんだったな…と思い出す。寮にいたときも何度か切れたけど、寮の中に大量に備えがあるものなので、一言いえばすぐ代わりがもらえた。

高校の友達二人と夕食の約束があったので、向かっている途中。ひとり遅くなるようなので、電気屋に寄らせてもらおうと思う。

ブログを書いているということは、もう1日が経ったということなのか

アルフォースの『複素解析』をようやく借りてきたが、借りてきたことで満足してまだ手をつけていない。ずっと借りられっぱなしだった松本幸夫の『多様体の基礎』も返されていたので、ついでに借りてきた。ほかは大体借りようと思っていたものをごそごそ探していたが、一冊だけティリッヒの『諸学の体系』とか言うのを見つけて、面白そうだったのでそれも借りてきた。借りてきて、積んでてもしょうがないんだよなぁ。本の上に本。本本本本本。

 

某ふぁら氏がいつだったか「自分の本棚には個人の思想を書いた本がほとんどないと気づいた」みたいなを反省をしていたが、ぼくの部屋もそうだなと思うようになった。でもまあ、「読む価値がある」かどうかなんて、数ヶ月単位でバンバン変動する基準だと実感するし、その程度のものだ。いつだって、ただ読みたいから読んでるんだ。

 

読む世界が広がったことは純粋に嬉しい。本だけじゃない。人の言葉はそこら中に溢れている。他人の切実な、ある種やけくその心情吐露、あるいは記述というのは、読んでいる側の輪郭を浮き彫りにする。たとえば自分の無価値さに反吐が出るという人がいる。それを見てぼくは大変だなと思う。ぼくは自分は無価値だと思っているが、別にそのことで落ち込んだりはしない。無価値だと思われると、雇ってもらえないかもしれないし、困っているときに手伝ってくれる人が減るかもしれない、とかを心配することはあるが、そういうのは問題さえ解決すればよくて、ぼくの価値などどうでもいいのだ。こうやって、誰かから漏れ出した本音から思考が広がって、輪郭がつかめてくる。観点が増える。

 

何かを読んでいて感じるそのズレを積分したものが、たぶん自分だ。否定を重ね続ければ、絶対にほかの誰かと同じものにはなりえない。哀しいことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。「個性」という言葉で悩む人がいるという。世間でよく話題になる。教育と絡めて問題提起されることも多い。本当にそんな抽象的な言葉に苦しむ人が大勢いるのだろうか。自分が個性がない、と悩む人が。何人かいるだろうというのはわかるけれど、どうも大げさに盛り立てすぎじゃあないかと思う。芸人が、何かほかの人のしないことをやらないと食っていけないとか、ケーキ屋さんが、うちならではの新商品を考案しようとか、そういうのはわかる。それの延長なのだろうか。わからない。ぼくが悩むべきはそんなことではなくて、今ここにある自分が自分だということだ。他人と比べるより、ありえたかもしれない自分と比べるので精一杯なんだ。

 

ハリポタの中で、ダンブルドアが言うんだよな。

――自分がほんとうに何者かを示すのは、持っている能力だけではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ。

 

偉そうにしんがりに書いてたじゃないか。選択だけでなく、選択した先を信じること、あるいは選択する前に信じること。逃げるなら逃げるで、逃げる先を信じる覚悟を持つこと。無根拠でもいい、評価を変えること。そうせずには生きていくことなどできないんだ。劇場版の紅莉栖が、岡部をシュタインズゲート世界線に引き戻して固着させるためにやったことはたぶんそれだった。ぼくの隣には紅莉栖は居ないのだから、自分でどうにかするしかないんだよね。

何年経とうとも、ぼくは都合のいいことしか書けない。

ちくわくんは自分のことをあそこまで素直に書けていてうらやましいと(文字通りの意味でも皮肉でも)よく言われるが、なんのことはない、そう見えるぐらいまで書いている自覚はあるが、けっきょくのところ肝心のことはネット上には書いていないことが多い。多いじゃなくて、書いていない。それはそれでいいだろう。要するに芝居なのだ。演劇は見せている自分と見られる自分を一致させるところから始まると言われる(ゆえに古代に仮面をつけるところから始まったみたいな文章を昨日読んだ)が、ぼくは病的なまでに、見られる自分と見せている自分を一致させようとする。一致すればよいので多少極端なことを言うことでばらつきを減らすことも、息を吸うようにやる。

そういうことをやっている自覚は、ネットに限らず、中高のころからあった。ただ、あのころは、隠しておくことが大ごとになるような、そんなものを元々持っていなかったので、ぼく自身以外にはそれが特に問題にはならなかっただけだ。余談をするとぼくが恐ろしくコミュ障なのに壇上に立ったりマイクを持たされたり授業で当てられたりしたときには全く物怖じせずにしゃべれる子どもだったのも間違いなくそういう性格によるところがある。

確かにかなり自分を刺す(ついでによく似た人を刺す)言葉はたくさん吐くが、それは「それを読まれて自分の評価が下がる量」より「その自己分析をしたことによって自分の評価が上がる量」のほうが高いと冷静に判断した場合にだけ人の目に晒しているのではないか。イメージなのか評価なのか、そこがすこし事実とニュアンスがちがう気がするが、たぶんそうだ。もちろん、この文章もそうで、だから、嘘は書いていないが、本当のことを全部書いているわけではないし、明らかに意図された偏向がある。

何が言いたかったんだっけ。前置きのつもりで書いてたら忘れてしまった。

忘れてしまったので別のことを書くと19歳のころのことをよく思い出す。福岡の街で心細い日々を送っていたときのことを。別にもう戻りたいとは思わないようになって、今はただただ、真面目だったなぁあのぼくは、と思うだけだ。たしかに、受験勉強すべき時間に毎晩のようについったぁしてたり、自分で稼いだわけでもないお金をしょっちゅうラーメンにつぎ込んだり、自分を好きだと言ってくれる人の気持ちに向き合わずに依存して消費し尽くすことしかできなかったり、だめだめだったが、まぁそれでも真面目だった。それはまだ子どもだったからだ。まだ一度も崩し切っていなかったからだ。しかしこんな大人にはなりたくはなかっただろうな。崩してはみたものの、積み上げる気力を失っているぼくのような大人には。こんなんじゃない大人はたくさんいる。一旦崩したものを、自分の信念で積み直すことのできる人たち。身近にたくさんいる。安易に二分するのもよくないが、あえてそういう切り方をするならば、そういう人たちのほうが断然多いだろう。だから社会は回ってる。

今夜、ぼくのことをよく知っているはずの人たちと一気に会える機会を自分でつぶしてしまって、まぁそれじたいは事情もあったし気分もあれだから別にいいんだけど、理屈で考えると話したいことはいくらかあったなと思う。こうやって時間が過ぎて行く。

つぶして何をやっていたのかといえば、英語史の本を読み進めたぐらいで、特に何もやっていない。英語史は楽しいけど。語彙関係の話は別の本でも何度か読んだことがあって、とはいえ覚える気で読んでるわけでもないので何度読んでも新鮮味がある。雑学チックだけど、雑学も好きだ。英語史、去年は受験が終わったらしっかりやろうとか思っていて、結局放置していた。とかなんとかいって、こういうのばかり、勉強に逃げ込むときに、顔を出す。逃避としての勉強。昔から変わっていない。

紙の日記を書く自分を取り戻さないといけない。ぼくに必要なのは、人の目を気にせず記述されたメタな自分だろう(それですら本音ではないにせよ)。いつも心に中二病、か……。

明日はアルフォースを借りて来よう。

毎日更新とか言ってたのを早速忘れるところだった

ひとりごとをですます調で続けるのはぼくには難易度が高すぎる、ということで早くも挫折した。元どおり常体でごにょごにょやることにします(あれ? します?)。日記。


こあつーの知り合い(?)の方と、あとうだやんと、二人の数学専攻の方からお墨付きがあったので、アルフォースの複素解析を昨日から読み始めた。どこから読むかで迷って、とりあえず第3章の2節から読み始めたけれど、また戻るかもしれない。

といっても、しょ、諸事情()で図書館の本を数日貸出できないので、なぜか目の届くところにある()英語版を読んでいる。案外、英語のほうが読みやすいと感じるときさえある。ひとつは、定義した数学用語しか使われずそれ以外はごく簡単に表現されている数学書というものの性質によるものかもしれない。もうひとつは、英語を読むときの丁寧さが、数学書を読むときの丁寧さに近く、わざわざ調整しなくても自分じゃない誰か(誰やねん)がいい感じのスピードと精度で読ませるように仕向けてくれるからだと思う。日本語だとついついわかった気で読み飛ばしてしまってあとからまた読み直すハメになることがよくあるけれど、そういうことが起きにくい気がする。某ふぁら氏が、ぼくたちが何かの本で読書会するなら日本語じゃないほうがいいかもみたいなこと言ってたのも思い出す。

複素関数は2次元を2次元に移す(とイメージしてもよい)もので、まぁ当たり前なんだけれど、そんな当たり前のことがとてもわくわくする。複素微分ができるともとの平面での角度が維持されたまま別の平面に移る、ときいて、へーそんなもんかと思っていたが、証明が案外シンプルというかそのまんま(今の高校生ならたぶんすぐ追える)で、なるほどこれは複素微分できるものを別扱いしたくなる気分もわかるなぁ。線形変換は円を円に移す、の証明に入るあたりでとりあえず脱出してブログ書いてる。

数学をやっているときのこの安心感はなんなのだろうか? ぼくが同様に大好きな人文系の諸学問は、ある種の高揚感のもとでは最高に楽しいのだけれど、忘れた頃にあとから思い出すと自分の理解はすべて勘違いだったのではないかととても心もとなくなる。数学は、「いや、今はちょっと抜けているみたいだけど、あのときぼくは確かにぼくなりの理解をちゃんとしたはずだ」という自信は最低限保てる。たぶん、正しさに込めた意味がちがうか、委ねる先が異なっているのだろう。


文フリで入手した『エクリヲ vol.1』の「演劇の誕生」を読んだ。もともとこれ目的だったんだけど、いつかのぼくが(ちらりと)考えたいと思ったことのあるような思考の筋をずんずん切り開いて進んでいく箇所がたくさんあり、読んでよかった。文フリの戦利品どれもちょっとずつ読み進めているんだけど、「そうそうこういうのが読みたかったんだよ」というものに、どういうわけかよく出会う。それがもし錯覚なのだとしても、そんな錯覚を作り出してしまう同人誌の世界はやっぱりすごいなと思うし、たぶんそこで得た「書いている人が何か書きたいことを書こうとしていてぼくは今それを読んでいるんだ」という生々しい感覚を、一般の(商業出版された)本を読むときにもダブらせることができたら、それはとっても楽しいことだろう。写真を見て、その写真に似た風景をふと見つけるように。


今年も翌年の劇場版コナンのサブタイトルが発表された。中学生くらいのころは、12月になる今ごろ毎日公式サイトを見ては、早く発表されないかと心待ちにしていたなぁ、と懐かしく思い出す。ああ、なんだかそういう、「待ち遠しい」という感覚を忘れている。「早く(この不快な時間が)終わって欲しい」と思うことはしょっちゅうあっても、「早く具体的で特定の楽しいことがやってきてほしい」と思うことはなくなった。そういった感覚自体、昔のぼくはあまり肯定的にとらえているものではなかったように思うが、忘れたことによって変わったことは何かありそうだなと思うし、そのうち誰かと話しながら考えてみようかなとか思う(これをまた忘れそう)。


おわり。冬だな。

8/48 神様は是が非でも私に複素解析をさせたいらしい。

どうやら有名なようですけれど、アドベントカレンダーというものをグラフ君から教えてもらって、(ほとんどアドベントカレンダーの原型は留めていないことですが)クリスマスまで毎日……に近い頻度で(←重要)ブログを書く、ぐらいはやってみようかなと思いました。思えば去年も一昨年も、12月は一番たくさん記事を書いているので、これは何とかなるんじゃないか!? と楽観視していたりします。とりあえず、今日はこの1ヶ月のことを書きます。

 

先月はやっぱり何と言っても、文学フリマが一大イベントでした。もう年内の一大イベントと言っても(ry) 何もかもが初めてでわくわくしました。一般参加サイド(?)としての感想を書いておくと、自分の興味の輪郭というものをまたひとつ知ることができる場だったなぁと思います。たとえば建築とか鉄道とか、あるいはアニメ評論あたり、全然知識はないのですが、何だかアンテナに引っかかるものがたくさんありました。同人誌という世界をついに知ってしまって、これはもう実数から複素数への拡張レベルで世界が広がった感じだ……。サークル側としての話は……またいずれどこかで書きましょう。でもともかく、色んな方に文芸誌『あみめでぃあ』を手にとっていただけて、本当に嬉しかったです。昨日は前にいた大学に届けにいきましたが、ほしいと言ってくれた人が四人もいて(実はまだあと二人くらいいる)、本当に(((o(*゚▽゚*)o)))こんな感じになってた。みなさんありがとうございました。関わって下さった方も、手に取って下さった方も。かこけんもな(かこけんについてこの6文字で済ませるのがぼくだ)。

 

“モノ書き”繋がりで続ければ、らららぎさんと初夏のあたりにスタートした共同ブログ≪みんなでしんがり思索隊≫が、再び動き出して、いい感じに加速しています。といってもぼくは、そうなってからまだ記事を書いていないので、そろそろ書きたいところですね。宣言するとやる気も出るので、約束(!)チックに記しておきますと「断念してきたこと」「私の好きな帰り道」「深刻がっている/深刻ぶっていること」「誰かのオススメを受ける理由/断る理由」あたりの記事はそろそろ書きたいです。年内に書けると良いなぁ。

 

ぐらふくんの「ぼくと『しんがり』のこと」が、とても良かった。企画した側としては、ちょっとオーバな感じがしてドキドキもしますが、こういう語りは大好きだし、こういう風に思ってくれる人がいるというのはとても嬉しいことです。ぼくもそのうち何かしら書いてもいいかもしれない。(いや、ぼくはまずはしんがりそのものを更新しような)

 

先月、あみめでぃあ絡み、かこけん絡み、しんがり絡み以外に何をしていたんだろうと言われると……何をしていたのでしょう? 品川の倉庫での某季節感のある商品の仕分けバイトをしたりはしました。いわゆるピッキングというやつで、なんとなく一回やってみたかったんですが、なかなかに面白かったです。それにしても、少し前のぼくであれば、当日の朝はもっと未知のことに怯えてびくびくして焦燥していたんじゃないかと思うのですが、完全にのんびりと向かっていて、多少はこういうところも変化しているのかな、なんてことを思いました。まあ、こんなに気軽にバイトに応募したりすることもなかったですからね(前日に応募した)。

 

それ以外だとなんでしょう、ベルクソンの時間論を扱った本(ベルクソンの原著ではない)を少しだけ読んで「面白い!!!」と転げまわったり、あとはそう、電磁気の勉強はちょこちょこと進めていたような気はします。とはいえ大して進んでないし、多分普通に全部講義に出てるのと変わらないぐらいの理解度でしょう。でもまあ、読んでいる入門書がとてもわかりやすい本で、(工学的な雰囲気でいう)ベクトル解析の基礎っぽいのもようやく理解できてきて、ほっとしているところです。なぜか電磁気をやるときはモスバーガー率が高かったのですが、思い返せば一年前も当時住んでいた寮の近くのモスバーガーで電磁気を(ただし高校物理!)ガリガリやっていたなあとか思い出したりもして、なんだかちょっと感傷的になったり。もともと電磁気はあまり得意ではなかったのだけれど、ひたすら受験勉強としてやった(特に去年は理科の勉強なんてほとんど電磁気学しかやらなかったんじゃないでしょうか……)おかげで大学物理でもスッと理解できる部分も多くて、なんだかんだ、少しずつ前には進んでいるのだなあとかぼんやり考えていました。

 

先月の半ばごろにノートに「思えば色々な誘いを断ってきた。。。」というため息が記されているのを発見しましたが、どうも最近はそのことにしょんぼりしています。ちょっとした負い目(相手に対してではなく、世間に対してというような)というか、なんだかよくわからないものによって、腰が重くなっているなぁというのを感じます。本当は、もっと話したい人だったり、出かけたい場所だったり、やってみたいことがあって、かなり具体化までしているのに、動けない……。そんな中では、ぐらふ君とようやく会えたり、大学に文芸誌もって突撃したりと、最後のほうはなかなか悪くなかった、というか、どちらもシンプルに楽しかったですね。前日に突然言い出してねぎくんの家に久しぶりに泊まりにいったのも結果的に良かった良かった。どうやら忙しいようなので次に会うのは年明けになるようだし、話したいことを溜めておこう、ということで。ふと昔のブログを読み返していて気付いたのですが、彼と会うたびに形は違えど「なんか最近勉強してる?」みたいな話とか、「お互い何がうまくいってないか」みたいな話を毎回してるなぁと気づきました。ほかにも毎回のようにする話はいくつかある、ような……。ま、そんな感じで、今月も、寒いからと言って引きこもらないように努めます。

 

ようやく、数学を軌道に乗せはじめました。といっても先月はちょこちょことベクトル解析(こっちは数学的な雰囲気でいうベクトル解析)ぽいことをしてた程度で、今月になるかならないかあたりでようやく”””やる気”””が復活なさいました。さしあたって複素関数論の基礎を進めつつ、「あーなるほど、ぼくはここを微積/解析基礎で適当にやってきたのか!」ということを拾い集める旅に出ることにしました。

 

線型代数、集合論、位相、整数論あたりは、けっこう誰かとゼミ形式でやったり自分で格闘したりした記憶があるのですけれど、解析(⊃微積)に関しては全然で、学部一年生にも置いて行かれる感じだったので、いずれはやろうと思っていたものの……こんな形で巡ってくるとは。いやあヌーベル(*ぼくがしょっちゅう様々な形でお世話になっているシェアハウスのこと)のおかげですとしか言えない。細かく言えば、ヌーベルの人が複素関数論やりたいと言ってたこと、らららぎさんの企画(これとかこれとか)による後押し、こはくさんの記事Nayukiさんの謎のレーダーチャートを見て「ヌーベルで数学の『普通の人』(*上記こはくさんの記事参照)を目指すか~」って思ったこと、などなど。ほかにも、前の大学の友人うだやんから反復関数系の自主ゼミやろうぜって言われたことも大きい(予備知識として複素解析の基礎が必要)。もちろん、「何があっても安心して続けられる勉強は今のところ数学だけっぽいな」っていう再認識だとか、単純にぼくが地元にいるこあつー君と数学遊びしたいというのだとかも大いに関係あります。前にも書きましたが、ぼくは友達がほしくてというか友達としゃべりたくて数学をやっています!!!!!! ……これらがほとんどがこの数日に起きた心の変化なので、神様がぼくに複素関数論やらせたいとしか思えない展開で、本当に世界というは面白いですね。

 

できれば近いうちに数学にまつわるまとまった文章は書こうかと思っています。ここに書くのかはわかりませんが、親しい人には見られる形にするんじゃないかなぁと。ご期待は乞いません。そんなこんなでたくさんの数学にまつわる約束を踏み台に、ぼくは明日からも生きていこうと思います。(できることなら語学も元の軌道に戻りたいところだけれど、まああまり多くを望みすぎると沈むよね。)

 

何もかもがだめだめで、もう絶望的にだめだめな中、一応、ここには書きませんが方向性を多少定めたりもして、まあそれもまた言ってしまえばある種の逃げではあるんですけれど、とにかくそろそろ年が変わる前には自分の求めていた生活を築こうと思います。いつも心に中二病、ですね。おわり。

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