ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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お前の本質が昔話にあると思うんならそうなんだろう,お前ん中ではな

だいたい公開した翌朝に後悔するものの、長い目で見て書かなきゃ良かったと思うことってあんまりないので、とりあえず続けているといったところです。

ああそういえばこんなこと書いたな、という感じだった。askの「どうしてブログを続けているか」みたいな質問への答えだったと思う。それを引いて、ぐらふくんがこんなふうに書いてくれていた。

 これを見た瞬間にぼくは「これだ!」と思ったのでした。こんなにも苦しんで悩んで何かを書くけれど,不思議と「書かなきゃ良かった」と思うことはあんまりない。これに尽きます。
 わかりやすかったり,誰かに読まれたり,知識を得られたり,といった文章をめざすべきなのではないか,と思っていた時期もありました。でも「書かなきゃよかった」と思わない《じぶん》のために,文章を書くのもいいのかな,とも思えるようになりました。

「さらっとしたことを,さらっと書きたくて。」ー「たいむかぷせる2」

あの質問は軽い気持ちで、というのか、とくに前向きな姿勢は込めずになんとなくで答えたつもりなのだけれど、こういうふうに言われると確かにそんな気がしてくるのはなぜだろう。自分の書いたことになぜか助けられる形で、ぼくは「まぁ、書き続けるのも悪くないのか」と思い至った ー 思い出すに至った。ぼくも、なんで書いてるんだろうと(主にネガティヴな意味で)悩んでいる側の人間なので。

必要な言葉というのはぐるぐると人の手を回っているものなのかもしれない。たまたまぼくが誰かに渡し。たまたま誰かがぼくに渡す。もともとぼくが持っているわけではない(こんな話をするまでもなく、それは当たり前だけれども)。

前置きはさておき、過去の話をしよう。過去の話といっても正確には過去の話の話。過ぎ去ったものに価値を据えすぎてしまった話。

ぼくは人と過去の話をするのが好きだ。相手の昔のエピソードをきかせてもらうと、相手のことが少しわかった気になる。自分のことをわかってほしくて、思い出話をすることもよくある。それが当たり前だと思っていた。

けれど、それはぼくが過去に重きをおいて生きていたからにすぎない。過去のなんて全てどうでもいいという人は多くはないかもしれないけど、少なくとも「他人と仲良くなる上でさして重要じゃない」と思っている人だってたくさんいるのだということを、つい見落としてきたかもしれない。そういう価値観もあると知っていても理屈でわかっていても、気づかないうちに重み付けをしていた。相手の前提を知ることが大事で、そのためには相手の歴史を知れば知るほど良いんだと思い込んでいたし、それができなければ表面的なつきあいにしかならないとさえ考えていたふしがあった。逆に、ギャルゲーよろしく「過去のお話」というプレゼントを渡したり渡されたりすれば、そこそこ仲良くなったことにできるとさえ、考えていたかもしれない。

お互いがタイムスリップして数年前の君と数年前のぼくとして言葉を交わす、例えるならばそんなことを求めていたのかもしれない。すべての時間軸でそんなことを行えたら、理解しあえるとでも思ったのかもしれない。そう書けば素敵なようだけれど、そんなのぼくの勝手な妄想でしかない。少なくとも、そんな幻想は強く望んじゃだめだ。あの日の僕に君を見せたい? BUMPかよ(BUMPです)。

もう三年以上前になってしまうのか、ある人から「過去のことをどうこうするんじゃなくて、これから一緒に楽しい時間をつくっていけばいいじゃない」みたいなことを(もうどんな表現だったのか、まったく思い出せなくなってしまった。どれだけぼくは彼女の言葉を軽んじていたんだろう?)言われたけれど、その意味するところなんてちっともぼくはわかっていなかったんだろうなと思う。

相手と自分がどれだけ親しくなっているかを無意識に判断する場面で、ぼくはなぜか、過去の話をどれだけ交換したかを必要以上にその判断に反映させているようだ。そんな妙な偏りのもと出された「親しさ」がなんだっていうのだろう。そんなことすべて忘れ去って、いまそこのコミュニケーションだけを見つめること。そのときその場でその人と交流すること。子どものころに当たり前にできていたはずのそれを、ぼくは自然にできない。

自分の大切にしてるものと相手の大切にしているものがちがうことなんて、よくあることだろうに、こうやって無意識に土台にしていると、本当に長いあいだ気づけないものだ。それでいろんな人といろんなすれ違いを起こしていた可能性もある。わかんないけど。まぁ、少しずつはできるようになってきたはずなので、引き続きがんばろう。おわり。
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公共化された前提を,全て使うか否かという対比

今日も昨日も、ほんとうに綺麗な青空だった。青空というのはぼくの心を「曇らせてくれない」。明るいときには明るさを許してくれる。今のように問題が山積しているときは、そこから目を逸らすことを許してくれない。いずれにせよ、ぼくは青空に強いられているんだ。まるで最初から曇りなんてなかったみたいに、自分をそのまま見つめるようにと。


「外の価値観をどこまで使うか」なんてことを、最近いつも考えている。

年末に、いつものシェアハウスで学問的/非学問的という表現を使って話をしたようなおぼえがある。危うい言葉だとは自覚しつつあえて使っていたけれど、やはり不適切だったなぁと時折思い出す(あの場で、という意味ではなく、それ以降それについて考えていくにあたって……という意味)。まだ考え中なので今から書くことをあまり言葉どおり受け取られても困るのだけれど、あの言葉でぼくがしたかった対比のひとつは「公共化された前提を使い尽く(すことが現実的に可能かどうかはともかく、少なくとも目指)しながら行う議論(a)」vs「半ば意図的に前提を限定し、しかもそれが公共化されているとは言いがたいセレクトになっている状態で行う議論(b)」あたりかもしれない。

公共化されている前提というのを学問あるいは科学で言うところのそれだとすれば、大学で行われるのはたぶん(a)のほうに近い。とくに良きにつけ悪しきにつけ古き時代を残している大学であるほどそうだろう。そしてそれは素敵なことではあると思う。そんなことを本気でやらせてもらえる場所は限られているのだから。ただ、ぼくにはそれを志向しつづける気力が今のところないんだ。ぼくは大学に合うタイプではなかったとときどき言っているのは、このへんの話だったりする。

昨今のTwitter世界は、部分的にこちらに寄っている部分があると思う(こう言うと意外に思われるかもしれないけれど)。たとえば、少し突飛なことを言うと晒され無数の「横から失礼します」が飛んでくるのは、「万人に公開して発言する以上、あらゆる常識的な前提を持った上で(あるいは持つことを目指して)発言すべきだ」という考え方を持っている人が多数存在するからだろう。ただしもちろん、この場合の常識的な前提というのは、その人が<常識>だと思っている範囲のあらゆる前提、のことである。つまり公共化されているというのは思い込みにすぎないとも言える。しかし発信側からすれば、全ユーザのもつ前提の和集合が、(トラブルを避けたいのなら)注意しなければならない前提群ということになるわけで、これは任意のユーザにとって共通であるので(把握できるわけないのだけれど)公共化されていると言えなくもない。当然、その前提群は学問的なそれとは異質なものなので、一緒くたにする気はまったくないけれど、縛りの強さは似ていると思う。

(b)は突き詰めるとたぶん内輪ネタと呼ばれるものになる(ぼくは内輪ネタというのは否定的にだけ見るべきものではないと思っていて、それについてもいつか書きたい)。範囲を狭め、前提を限定し、その中で話をしなければ進展しないし現実的でないという場合は多い。学問の各分野だってそうのでは? とも思うけれど、学問の各分野はそれぞれの分野でどの前提群を使うかがその分野をやる人の中でシェアされているという点でやはり決定的にちがう。(b)のほうは、なんというか、もっと都合の良いセレクトになっているといえばいいのかな。悪く言えば、何でもアリ。先のTwitterの話に対比する形で言えば、2、3人でチャットしている場合などはこちらだろう。そろそろそういう固定メンバでの世界に戻りたい……みたいなことを昨日ともだちが言っていて、ぼくもわりとそれには同意してしまう(彼がどういう意図で言ったかは正確に知らないけれど)。ともかく、困ったことにぼくはこちらが好きなのである。「(a)は苦手で(b)が好き」とか言うためにわざわざ普段考えないような二項対立を用意したわけでもないし、そこまでハッキリと価値判断として対比したいわけではないのだけれど、まぁでもあえて比べればやはりこちらのほうが好みだ。車輪の再発明、みんなでバンバンしようぜってなもんだ。それが正しいのかどうか。みんなに認めて欲しいのか、みんなに認められることなんて断念したのか。そんなようなことを(いやいやここを深く書かなきゃあこの対比を作り出した意味ないやろアホなのって脳内ツッコミなう)ずっと考えている。

外の価値観を~の話、もっとこう、社会の常識にどこまで従うか? みたいな意味でもあったんだけど、そっちに触れることもなく、気づいたらだいぶ話題が狭くなっていたああああ。読んでる人にはなんのこっちゃだろうし、読み返してると一文ずつ突っ込みたくなるレベルで雑すぎるんだけど、けっこう書いちゃったし、メモ的に残しておく。考えが進んだり、すーぱー元気でもっとわかりやすくまとめる気力がある日がやってきたら、改めてこの問題について書くかもしれない。

(ほんの少しだけ月並みな言い訳をしておけば、ここで書いた対比はすべて仮のもの。本来そんなシャープな二項対立は存在しえないと思う。学問だって、学問的な前提に「制限」してるじゃないか? 結局、前提群をシェアしている人数の寡多の問題なのでは? などなどと言われてしまえばまぁそうなのだ。直観的には(a)(b)に似た構図の対比はきっとあると思えるが、幻想なのだろうか。公共化って言葉にしても雑なもんで、日本中がシェアしてればいいのか、世界中がシェアしてればいいのか、過去未来にもシェアしなきゃならないのか、曖昧だ。はっきりしてるようでいてけっきょくこれも、その言葉のイメージに反して、グラデーションになっているんだろう。)

いつだって準備不足なんだ

ついにというのか、ようやくというのか、あの子が上京(厳密には東京ではないけれど)してきて、こちらで久しぶりに会った。相変わらず、かなわないなと感じた。

こういうとき何に対してそう思ったのかを記号的な事実の羅列で説明したくはないなともたまに考える。しかしそもそもぼくが最近他人に対してすごいなって思うことのひとつが、最終的にそうやって「記号的に他人に一瞬で説明できるあれこれ」をきちんと丁寧にひとつずつ準備して実行に移せていることそのものなのではないだろうか。「そんな言葉で説明しきれない」なんて言ってしまいがちな、そこに至るまでのそのひと独自のエネルギーというのは、なんだかんだそこにあらわれているものなのかもしれない。書いても仕方ないので書かないけれど、既存の枠を自分の必要に応じて壊したあとでも、自分に必要なひとつひとつのことをちゃんとこなすこと、それはとっても難しい。そしてそれはまず最初に大事なことで、ここ数年のぼくに絶望的に欠けているものだ。

自分が崩れれば崩れるほど、そういうことの大切さを痛感する。一緒に会いにきた彼は、彼女の話を受けながらことあるごとに「それに比べてこいつは…チラッチラッ」と言ってきたけど、まったくそのとおりで、ぼくにはこんなことすらできないのだ。いつまで経ってもスタートラインに立てない、そんなふうにぼくはずっとずっと思っている。こんな段階での足踏みをしている場合じゃないんだ。こんなんだから余裕ないんだ。

…まで寝る前に書いていた。本当はあと数行書いていたけれど感傷的にすぎるのでいったんお蔵入りして、以下は今考えていたことを書いていく。

余裕がない。余裕がない。最近それが頭の中でぐるぐるしている。あまりぐるぐるすると言葉が意味を失うので、遠からず時間をとって練り直さなければならないとは思う(向き合わなければとか練り直さなければとか、言えば言うほど嘘っぽいけど、そう言うしかないんだ)。偶然にもあの子が「余裕がある/ない」という表現を会話の中で頻用していて、込めている意味もわりと近かったので、やっぱりそこは多くの人がピンを打つ概念なんだなぁと思った。

ともかく余裕がない。ぼくは「部分的に自分勝手」にする余裕がないのだ。自分勝手って言葉は良くない響きがあるから、適切ではないと思うけど、あえて使ってみる。要するに、自分勝手なのがいけないんじゃない、自分勝手に生きる必要がある瞬間は存在するのにそうじゃないフリをしようとするのがいけないんだ。自分勝手じゃないことだけを拠り所にして生きようとしているから、いざというときに大胆な、つまり究極的に自分勝手な、行動ができなくなるんだ。誰かの目から見て正しいことだとか、誰かの目から見た一貫性だとか、それは場合によってとても重要かもしれないけど、それにこだわって大局を見失う。経験豊富な人ほど余裕があるように見えるのは、総じて自分勝手になるべきタイミングを弁えているからなのだと思う。

部分的に自分勝手といえば、予備校時代に「受験生でなくなるまではえらそうなことは言えない」みたいな身動きのとれなさと戦っていて、そこから脱したいまはといえば「自分で稼いでもないのにえらそうなことは言っちゃいけない」と感じていて、なんだかな…となる。しかし正直、前者より後者のほうが現実味がある(19歳にとってのリアリティという意味では、浪人の枷というのは比較にならないくらい重かったけどね)。少なくともぼくにとっての余裕は、泥々した現実を積み重ねた上にようやく準備できるものみたいなイメージがあるんだ。

部分的に自分勝手だの、余裕だのという言葉にこだわるつもりはないけど、そういうのは他人との関係においてもあると思う。自分の中でのつじつま合わせに終始して、ほんとうに大事な目の前の一対一の関係に目が行かない(目の前なのに目がいかない、なんと笑えることだろう)。それをあとから状況が悪かったなんてまた言い訳をする。ちがうんだ、余裕を持てなかっただけだ。余裕も持てないのに、それを自覚せずに、気をつけることもせずに、ぶつかるときだけぶつかっていく。困ったら全力で撤退することしかしない。後先考えているようで、誰よりも後先考えてない。

人間関係に限らず、状況なんてのは、機会なんてのは、思ってた以上にそのへんに転がっている。チャンスの神様はたぶん言い伝えよりも髪の毛ふさふさで、田舎の路線バスみたいに追いかけたら止まって待ってくれる優しささえ備えていたりする。少なくとも同世代のいろんな人を見ている限りそう思う。そういう流れに不慣れながらも必死に乗ってバランスを取りつつ進み続けているような人たちもたくさんいて、そういうのを見るたびにぼくにもそれができた(できる)はずなんだって気づかされる。重要なのは、ひとつのシーンの直前に書かれたト書きのような「狭義のシチュエーション」ではなくて、どんな心の余裕を持ってそこに立つことができたかなのだ。毎日が最終回、毎日が伏線回収のクライマックス。そこに立つぼくはいつだって準備不足なのだ。状況だのなんだのはぼくの都合など無視してやってくるから、準備不足なことそれ自体は仕方ないのかもしれない。問題があるとすれば、そこで起きた不都合を準備不足のせいにせずに、状況のせいにしたり、ひどい場合には「望んでいた状況が訪れない」せいにしたりしてしまうこと。状況が訪れない? 訪れた(ときに準備不足だった)から不都合が起きてるんじゃないか。問題をすりかえるなよ、という話だ。自分が数年前に願ったことが次々静かに実現している。当のぼくだけが、その事実に追いつけていない。準備不足を今からでも取り戻そうという気概が感じられない。そしてまた次のチャンスにも同じことを繰り返す。そりゃあ、神様にも周りの人にも見限られるだろうってものだ(なぜか見捨てずにいてくれる人ばかりなので甘えてしまうけれど)。足りなかったと気づけた準備不足を次に活かさなきゃいけないなんてこと、理屈ではきっとわかっていたはずで、記憶をたどれば八年前にも二年前にも似たような言葉でそういうことを言っていたはずなのに、まるっきりわかってなかった。

似たような迷い方をしている人もたまに見かけるから、たぶん陥りやすい穴なんだろうけど、ぼくの場合はこれがかなりひどい。「余裕のある」人たちとの比較で明らかに目に見えるようになってようやく気づくなんて、それまで放置しっぱなしだったなんて、根は深そうだ。それに支えられてきたことも多いから、簡単にひっくり返したくはないけど、じわじわ剥がしていかなきゃいけないと思う。そのためには現実に沿って生きなければいけないと思う。

ここまで書きながらいくつか想定していた現実の問題があって、適当に混ぜながら抽象化して書いたから、読む人の持っているぼくについての前提次第では、変に具体的な意味で読み取られるかもしれないけれど、たぶんあなたの思っているそれだけじゃなくてほかのいくつかの問題にも絡めて書いてるやつだよっていう言い訳を一応つけておく。当人も書きながらどの問題について書いているのかわからなくなったくらいなので。それくらい通底しているクズポイントということなんだろうけど。

現実。現実。現実。最低限済ませたい連絡とかあるから土日中にしないと。話が始まらない。

いっしゅうかんあれやこれや

当日に書いたのもあるし、ところどころあとで書いたものもある。

2015/01/07

このところ、口調というか、文体に引きずられているようなところがあったかもしれない。ネットで書く文章のこと。自分の私的なブログくらい、もう少しこう、ふんわりと書いておこうよ(何かひとつの主題に沿って書く記事は別としても)。

相も変わらず選択だの判断だのと呼ばれるやつから逃げたり追いつかれたりしてる。思えばこの四年ほどずっとそんなことの繰り返しだったんじゃないかな。高校生のころに逃げていたツケと言えば(責任を当時の自分に押し付けてしまえるから)聞こえは良いけれど、本当はそうじゃなくて、昨日のツケを今日払い、今日のツケを明日払いなのかもしれない。選択の自転車操業。逃げつづけて錆び付いた自転車操業。

それでもあれか、今回はまだしも人に相談したぶんだけマシだったと思いたい。頼るの苦手すぎるんだけど、ほんと人間関係にだけは恵まれているようで、頼るの苦手なら訓練してやるよと言わんばかりにそこらへんのメタ的な話までしてくる人がぼくの周りにはあふれていて、あの、はい。

1/8
高熱でぶっ倒れる。

1/9
朝には微熱に下がっており、病院で検査してもらったところ、インフルエンザではなかった。夕方には平熱に下がる。なんだったんだ…。
平田オリザの『地図を創る旅』を読み進める。彼が大学を卒業するあたり(ちょうど半分)まで読み進める。とても面白い。自分の知っている場所だったり状況だったりで、ダブらせることのできるものがうようよしているかというのもあるが、平田オリザ氏が日常を面白く書ける人なんだろうなと思う。彼が十代のころに書いた文章も読んだことがあるけれど、それもとてもわくわくするものだったので、さすがやなぁと。

1/10
『地図を創る旅』読了。後半も良かった。ちょこちょこ挟まる、平田オリザさんが各公演に寄せたコメントもひとつひとつ面白くて、こんな文章書きてぇぇってなった。

1/11
『意味論のしくみ』を読む。シネクドキーをいろいろ分類したり細かく見ていくところがよかった。こういうのがやりたかったんだぁぁうおああってなってた。読み途中。
映画『ジャッジ!』を観る。こういううまい脚本だいすき。やっぱりぼくは脚本寄りで見てしまうのが抜けないけど、なんにしても面白かった。映画あまり見ないけど、楽しいなぁ。そういえば帰省して数日後あたりに見た『ケンとメリー』も面白かったな。立て続けに良いものに会えて良かった。

1/12
ぼくがときどきお邪魔しているシェアハウス《ヌーベル》の創始メンバ(!?)であるお二人とお会いした。女性陣が洋服を買っているあいだに似非理系4人で話をして、それもなかなか楽しかった。コーヒーと豆乳を混ぜたものはソイラテである。なぜかそこにカフェの文字はない。ぼくたちはそれをソイラテ(大豆+乳)と呼ぶことをソイラれテいるんだ。夜も楽しかった。終電を逃すというイベントにこはくさんがやたら盛り上がっていた。ぼくに操られるカービィは相変わらず弱い(Aボタンは意外とけっこう使えるんだなとようやく気づいた)。

1/13
こたつにあった『花のズボラ飯』をめくっていたら面白くて読み終えてしまった。孤独のグルメっぽいなと思っていたら同じ原作者だった。こんなふうに、日常を日常という言葉で消してしまわずに、自分が本当に感じたことを掬っていく描写(記述)というのが、とても好きなんだ。この日はなんだかあんまり頭が回っていなかった。

1/14
夜にうだやんと会う。先のことを話してだいぶ気が落ち着いた(選択は依然として残っているけど)。来週からうだやんの部屋でイテレーションの自主ゼミをすることになった。イテレーションというのはある関数に値を入れて、出た値をまたその関数に入れて、出た値をまたその関数に入れて(ry というやつらしい。中学生くらいに誰もが一度はやってみたくなるやつだ。察しの良い方はお気づきかもしれないけれど、フラクタルにも関係が深い。フラクタルといえば、ぼくが浪人してたころ、彼方さんがブログにシェルピンスキーのギャスケットメンガーのスポンジのことを書いていたのを読んでほへーってなったのを思い出す。ぼくはひとまず発表を聞いてつっこむ役なのでいいけど(よくない)、わかるのかな……。とりあえず前提になる複素関数の話のところでぶっ倒れるんじゃないかな。彼の部屋にあったホワイトボードが予想以上に巨大で笑った。確かにあれなら部屋でセミナができる。

新年のご挨拶ついでに(再公開)

あけましておめでとうございます。

今日はいつにもまして雑文だから読まない方が良いかもしれないし、読むにしても適当に読んでね。

 

いつもとはまた趣を異にする年末年始、あるいは帰省だったように思う。何がどうとは言えないけど、こういうのはどうかな。「ハレとケと言葉があるけれど、最近はケの部分をきちんと積み重ねていなかったので、ハレがハレとしてうまく機能できなかった」とか。いや、罪悪感によるものと捉えてもいいし、あるいは単に「旧友と数年ぶりに会う、ということさえも日常化してしまった」という「成長」の話とも捉えてもいいかもしれないし、まあ何とでも言えそう。きちんと分析する元気が、あまりない。

 

ひとつのひとつの出来事は楽しかったんだ。めっちゃ楽しかったと言ってもいい。死んだような生活をしていたぼくにキャベツを持って押しかけて来た某友人とのあれこれと、映画もどきの編集作業(にかこつけて遊びに行ったこと)。ぼくのツイキャスが勝手に始められたりした某Eさんの家での忘年会。とあるシェアハウスで行われた生ハムパーティ&コナンスペシャル鑑賞会(一銭にもならないけど「たぶんこれのために生きてるんだよなぁ」という感じのどこへ向かうのかわからない夜通しのおしゃべりや、好きな人たちとこたつでぬくぬく紅茶を飲む時間(ある人の言い回しを少しだけ使わせてもらった))。三宮へ向かう鈍行列車と、宮崎港へ向かうフェリー。実家に帰っても相変わらず終わらない編集作業。中学から集まっていたメンバーでのなんとか会(そして映画もどきの上映)。年明けて、中高陸上部の同窓会。これでいいのかな、と思いつつも、流れるようにのらくら色んなことを楽しみながら、だらだらと過ぎていった。

 

月並みながら、人と話してるのが良いんだなと思った。本を読んだり数学やったりして、ちょこちょこ文章を書いて、疲れたらアニメでも見て、いいタイミングで人と会ってしゃべって、そんなのをバランスよくやっていれば、元気でいられるんだろうと思う。あとは散歩したり、ふらっと知らない街(何年住んでてもこれがあるのが東京の強みだ)に電車で行ってみたりとかかな。誰しも「ひとりでやりたいこと」は持っているから、バランスとか、なかなか難しいものではあるんだろうけどね。とにかく人といれば最低限のところからは落ちないはずだっていう当たり前すぎることを忘れちゃいけないなと思った。

 

帰省したり戻ったり、あるいは関西あたりに行ったりをするたびに、「こっちでできること、あっちでできること」ということを意識していたけど、そういうのの考えすぎもよくないのかなと今回は思えた。うんまあ、「そういうこと」も確かにあるんだけど、何かもっと大きな問題というか、大きなファクタが、(どこにいるかによらず)ある気がして……ああ、全然、きちんと言語化できていなくて、ひどい文章をいま書いているな。なんだろう、楽観的に書けば、ぼくはやっぱり、「こうじゃなきゃ楽しめない!」というほど狭い考えは持っていないんだろう、という感じか。ぼくはいつも自分のことを世俗的だと言っているけれど、本当にそうで、楽しいことは楽しむ。

 

(そのためなのか、今回は実家にいても珍しく、東京に戻りたいなと思うこともあった。ま、そんなものか。人に会いたいけど、会えるなら「さしあたって」どこでもいいし。逆にここの特別感は残しておきたいし。みたいなごにょごにょがより合わさっていて、うーんやっぱり一言でまとめることはできなかったな……)

 

ぶっちゃけて言えば、いろいろ疲れた。なんもしてないのに疲れたとはいい身分だなと言われればその通りなんだけど、疲れた。どういうことにと言われても困るんだけど、考えることに疲れたのかもしれないし、選ぶことに疲れたのかもしれないし、将来を憂うことに疲れたのかもしれないし、人の目につくことで言葉を紡ぐことに疲れたのかもしれないし、特定の誰かに心を寄せすぎることに疲れたのかもしれない。それほどネガティブな感じじゃなくて、何かが不自由になってるな、何かの動きが鈍くなってるなっていう感覚だろうか。

 

最初に書いた「何がどうとは言えないけど…」というのは、つまり帰省しても人と会っても、こういう感覚が消えなかったということを言いたかったのかもしれない。たいてい、人と会うとネガティブな感情というのはリセットされるもので、じっさいキャベツの彼が来てくれたあたりで、大きな負の感情はわりとリセットされたんだけど、この何とも言えない ― ネガティブというほどには強くない ― 「疲れ」だけがなんとなーく残っているような感じがある。

 

直観でしかないけれど、ネット……というか「ちくわ」を通したネット世界の影響が何かしらそういうものにあるかもしれないと思って、(使わないとかではなくて)多少距離感を考え直そうかとも思ったり思わなかったり。あ、少なくともしんがり思索隊あたりは平常運転するのでご心配なく。……まあその、こんな状況だけど、今年もよろしくお願いします(なぜかここで言う)。

 

はーぁ。未だに苦手な「選択」ってやつが、ぼくの目の前に立ちふさがっている。選択=判断なんて、情報を集めたからといって正しくできるもんじゃあない。だったらさっさとやってしまえよ……と、口でいうのは簡単で。結局、逃げてばっかりだ。選ぶことの責任から。どんな道を選んだって後悔するのがわかっていて、それが怖くて、そしてその後悔を選択ミスのせいにしてしまっているせいで選択にもたついてしまう。本当に……逃げてばっかりだ。

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