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ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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【あみめでぃあ】近況報告に見せかけて文芸誌の話


(画:瓜原さん)

概念を語るゆるふわ文芸誌『あみめでぃあ』*、無事(編集らららぎさんのおかげで!(誌長がどこかの蕎麦屋**に入ったきり篭って出て来ないという異例の事態にもかかわらず!))第二号を文学フリマ***に出品することとなりました。前号の倍…では済まないような肉厚感です。あ、肉厚感って本に使う言葉じゃないっけ、まぁでも、肉厚感です。量質ともに、なんかすごいのになったので、ぜひぜひ読んでほしいです。ほら、野生のあみめでぃあもみなさんの本棚に仲間入りさせてほしそうにこっちを見ている。じーっ。

*『あみめでぃあ』
あみめでぃあって何?
概念について語り尽くし書き尽くすことをテーマに十数名で書き綴ったゆるふわ評論系文芸同人誌です。
公式情報やらサンプルやらは【こちら】にあります。
あるいは、【Facebookのページ】あたりにも詳しいです。
いや、ちくわによる説明が欲しいんだ、という特異な方は、【まえがき】の片方をぼくが書いているのでそちらをご覧になるか、あるいはこのブログ記事の下のほうをお読みください。
ぼくは『すくう』という概念について執筆し、寄稿しました。そのまま概念語りについて語ったともいえますし、表現することについて表現したとか、原風景を描くことを描いたとか、そんなふうにもいえます。
ぼくの寄稿した文章のサンプルへの直リンは【これ】とか【これ】です(pdfデータ)。

**どこかの蕎麦屋
どこかの蕎麦屋って何?
JR川崎駅、京急川崎駅から歩いてすぐの某蕎麦屋です。かけそば200円です。宮崎っぽいやつーとかも食べられます。宮崎っぽいやつー(大事なことなので二度)。立ち食いと銘打っておきながらソファ席もあり、電源も使えて居座れます。秘密基地っぽさあり、あるいは秘密基地っぽさ醸成中。囲碁、将棋、チェス、リバーシ、麻雀などのボードゲームで遊べますし、ナンプレなどもおいてある謎空間です。ホワイトボードシートが貼ってあって、数学のセミナもできます。ちくわに会いたい方は何かのついでにこちらに立ち寄っていただくのがいちばん確実です(川崎にたまたま来る人なんてなかなかいないでしょうけれど…)。連絡くだされば場所などお教えいたしますよ(にっこり営業スマイル)。

***文学フリマ
文学フリマって何?
小説、詩歌、評論、エッセイなど、文芸ジャンルの同人誌の即売会。次の東京での文学フリマは5月4日(月祝)流通センターで行われます(余談ですが、10月25日(日)に天神で第1回文フリ福岡が行われ、そこに第3号が並ぶ予定です…生きていれば。もちろんそのときには一風堂総本店で白の並の粉落としを頼んで、もやしを食べます)。

追記.
文学フリマとかいうのには行けないけど、ほしいかも、という方のための【通販フォーム】も実はあります。
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概念について語り尽くすというのがふわふわした言い方なので、もう少し書いておきます。

ぼくたちは『好きな人』とか『悪いやつ』とか『大人になれよ』とか『諦めた』とか『狂ってる』とか、そういう便利な言葉をいつも使います。あるいは、そういう表現をしていなくても「それってけっきょく好きな人ってことでしょ?」とか言われてしまったりもします。いずれの場合も、そうすることで、短い時間と少しの気力しかなくても《話が通じた感》が得られるからでしょう。でもじゃあ、『好き』『大人』『狂う』ってじっさいのところなんなの? ってことを一歩立ち止まって考えて、考えて、考えて、考え尽くしたら、書いて、書いて、書いて、書き尽くそうというのがこの文芸誌『あみめでぃあ』の趣旨です。今回(第二号)は、『家出』『公開』『線』『回る』『音感』『リズム感』…などなど、14+αの概念が14名により語られています。

いつだか、目指すは百科事典!?とか言ったこともありましたが、辞書や事典を目指したものではないと本当は思っています。ぼくたちは《世間で使われているその概念》の奥にあるものを書こうとしていながら、それ以上に《私が使っているその概念》に沈んでいる何かについて描こうともしているのです。「私がその概念…そのコトバに何を込めたかったのか」。それを突き詰めていくと、もしかすると最初に切り開いていたその概念とは全く異なるものが出てくるかもしれないのですが、それならそれを書くべきだと思っています。「私はこんな想いでこの概念を使っていたけれど、それはあるいはこんな概念として表現すべきものだったのかもしれない」。

自分の文章などはどこまで成功しているのかはわかりませんが、「この概念とは何か…辞書的な意味で」というよりも、「私がこの概念と …厄介だけれど自分から切り離せそうもないこの概念と…どう向き合っているか」について書こうとしてもがいている文章が集まったように思います。

ぜひぜひ。なんというか、手にとってほしい一冊です。読んでほしいし、読んだあとに自分も何か書きたくなるような、そんな一冊だと思います。たとえばある人が「家出」という概念に切実に向き合っているのですが、それを読んだときぼくは、彼女と量質ともに同じ《切実なリアリティ》を、家出という概念に対して感じていないということにまず気づきました。けれど、同じような切実さで、微妙にズレつつもとても近いあるいは本質的な共通項を持った概念にぶつかっているのだ、ということに思い当たりました。思い当たってそわそわしました。そういうことって生きていればままありますよね。この文芸誌を読んでいるとそういうことの連続でそわそわそわそわです。そわがいいんです。まちがえた、それがいいんです。

…ああいや、そうじゃない、もっと説明したいことが、説明すべきものが、あった気がします。するのですが、それはまた今度書こうと思います。そんなかんじです。おやすみなさい。
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