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ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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【ネタバレver.】デジモンアドベンチャーtri. 第一章「再会」 【感想】

こちらはネタバレ感想です! まだ観ていない方は読まないことを推奨いたします! いちおう「ネタバレなし?ver」という別記事もあります! いいか! 言ったからな!

そんなわけで感想である。感想であって、批評でもないければ、考察でもない。ただただ、「ツイッタに書きたいけど、ネタバレだし書けないな、よしブログに書こう!!!」という叫びをここに載せているだけで、そういう意味では文章のまとまりとしてはネタバレなしverのほうがマシだと思う。さて、言い訳もすんだところで書きたいことを書いていく! 殴り書きタイムだ(`・ω・´)

 

楽しかった

うん、楽しかったよ。そりゃ、何年越しの「再会」だと思ってるんだよ。ううう。楽しいに決まってるじゃないか。あのね、観てる間、ぼくは「デジモンを見てるんだ」という現実に自分が追いついていないのがわかった。何を言ってるかわからないかもしれないけれど…… それくらいぼくにはデジモンは特別な存在だったし、だから本当に嬉しかったし楽しかったし面白かった。

 

狙いすぎかな?

まぁ敢えて尖った書き方をすれば、いわゆる「ファン」をめっちゃ意識してるな、というのが伝わってきた。ちょっと伝わりすぎな気がして、まぁそもそもこんな映画をやること自体が明らかに「その世代」を狙っているのでそうなるのはわかるのだが、もっと作品つくる側が好き放題やってくれてもよかったかな、とも思う。(いや、けっこうむちゃくちゃなわがままなことを書いているとは思っています。)「ファンならニヤリとする」どころか、そんなシーンを寄せ集めて作った感じがあって、もちろんそのおかげで本当に楽しかったのだけれど、もし作品のつくり全体がそれに流されてしまったのなら、変な言い方だけどなんか申し訳なくさえある。まぁ、これはこのぐらい抽象的にしておこうかな。「だよね、このキャラなら、こうする設定だよね」とか「わかるわかる、こういう妄想みんなしたよね」みたいなのがバンバン出てきて、ちょっと逆に「ごめんなさい! ごめんなさい!」ってなったのですよ。(あと明らかに腐女子狙いだろってのもあり、今の彼女たちってこういう狙いすぎなの逆にスルーするんじゃないのかなぁ、と心配になった(心配してどうする)。いや、普通に面白かったけどね) でも、「お兄ちゃんのことがいちばん好きだよ?」という二次創作スレスレの台詞を言っても世界観を壊さないタケルはすごいと思った。

 

不穏さとは合ってた

ただ、ネタバレなしverのほうでも書いた「作品全体に漂う不穏な空気」が、その「ほらほら~こういうのが好きなんでしょ!」の詰め合わせのおかげでさらに不穏にはなっていた。だから、そこまで狙ってのことだとしたらやっぱりすごい。うーむ。

 

02はどこへ行ったのか

不穏さとは、(たくさんの不穏さがあるけれどなかでも)何より、もちろん、02組はどこへ行ってしまったのかということに、一度も触れられていない怖さである。いや、「02はどこへ行ってしまったのか」と言ったほうがいいのだろうか。これは公開前から散々言われていたことで、初代組にスポットを当てる以上避けては通れない問題なので、何かしらの仕掛けは施されているとは思っていたけれど、こうも作品に(半ばメタ的に)組み込んで来るとは。観た人それぞれにさまざまな考察があるのだろうけれど、何かしらの意味で彼らが消えてしまったことは確かで、それについて(なぜか)誰も触れていないのも事実である。言うまでもなく、少なくともヒカリとタケルが大輔たちの話題を出さないのは明らかに違和感がある。上映後、帰りのエレベータのなかではみんなその話をしていた(笑)。

 

予想を書いてもしょうがないけれど

どうなんだろうね、ぼくは「そこまでややこしい設定にはなってない」と思うけれど、まぁ面白さから言えばやっぱり歴史が捏造されてたり世界線が変わってたりすると楽しいよね。ぼくは02組は賢ちゃん以外はそこまで思い入れがないから「出て来いよ!!」みたいなのはないけど……。とりあえず世界そのものの書き換えレベルですごいことが起きてることを妄想しつつも、現実的には案外普通に大輔たちの名前は(知ってる前提として)出てくるんじゃないの? とか思っています。

 

不穏さの話に戻ると

とにかく、どっちとも取れるように作ってあるのが本当に怖い。なんか一件落着みたいにちゃんと一章は一章でまとまるように作られていて、それが逆に、その裏でなにか大変なことが起きていること――そして子どもたちがそれに気づけていないこと――を浮き彫りにしていて、本当に怖い。こういう怖さってデジモンにはなかったから新鮮で、でもそういう未知の怖さがある感じはすごくデジモンぽくて。それが「ネタバレなしver」の感想に書いた「デジモンだけど、知らないデジモンが始まった」ということの一部でもある。

 

熱いヤマトと慎重な太一

第一話は内面がそれなりに描かれていたのは太一……とヤマトまでという感じだったね。小学生時代の彼らでは、太一が勢いで行っちゃって、ヤマトがわりと冷静、というイメージがあったと思うけれど、そこをわざとずらしてくることで時の流れを感じさせるの、良いなって思った。誤解を恐れずに書けば、「熱いヤマトvs慎重な太一」という描き方をわざとやったわけで、ああこれ面白くなりそうだなって思うよね。ヤマトの正しさはずっと質として変わってないんだけど、太一の方は正しさが昔より揺れていて、その結果として二人の立ち位置が入れ替わりとまでは言わないまでも、昔とちがう対立になっている感じで、ちゃんと新たな物語をやっていてよかった。ヤマトの声優さんがびっくりするほどTVアニメのヤマトに似ていたのに対して太一のほうはそうでもないのも、偶然だろうけれど、その「ずれ」のイメージに合っていた。ふと、初めてメタルグレイモンに進化した回を思い出したけど、太一の正しい勇気って恐怖と裏返しで、恐怖ないところに真の勇気はないんだよね……。

 

世界観をずらすこと

これまでもTVシリーズと劇場版ではだいぶ世界観をずらしてきていた(それは劇場版というのは物語の一部である以前に「映画」というひとつの作品になるからですね)けれど、tri.はそれを「主人公の目線を通して世界観をずらす」ということをやってきたと思う。すごくチャレンジングだと思ってドキドキした。まぁ小難しく書いたけど、要はこれまでだって東京で散々デジモンは暴れてきてフジテレビの丸っこいあれを落下させたり甚大な被害を起こしてきたわけだけど、初めて太一がそれを「やばい、怖い」と思い始めるんだよね。これって、アニメの作品の世界観にかなり密接に関わる、そういう意味でとてもナイーブな問題だと思うんですよ。だってあんだけ派手に戦っていいはずの世界観だったのに、今さら「世界を壊してしまう」ことのリアリティがやたら現実に寄ってくるなんて、一歩間違えると「はぁ?」ってなりそうだからね。そういうのって、ネタにするならまだしも(たとえばウォーゲームで「進化中に敵が攻撃する」とかは、わりとネタだと思う)、ここまでシリアスにやるとなると、シラケてしまう恐れがあって、そんな危うい中で見事にやってのけたなぁと思う。

 

太一だけが何かに近づいているかのような

もちろんそこでも「時間」というギミックが効いていて、小学生(中学生)と高校生にとってのリアリティが違うというのは、ぼくらもよく知っていることである。そして面白いことに、おそらく観ている層もそれくらいの(実際にはそれ以上の)時間差を経てこの映画を見ているんだよね。その目線の違い――直接的には小学生と高校生の太一の目線の違い――を利用して、うまく世界観をスライドさせた。「オレたちは、何をやっているんだ?」という違和感。周りはのん気に烏龍茶の話とかしてるし、あの孤独を感じさせる空気(アグモンはそばに居てくれるけれど)が、作中の不穏さを高めていた。観てる側は02不在によってすでに不穏さを感じていて、だからその時点で作中の彼らとは感じ方のギャップがあるわけなのだが、太一の心の揺れが別の方向から不穏さを醸し出して、結果的になんとなく観ているぼくたちに近づいてくれているような気になる。太一だけが何かに気づいている――その雰囲気が次作に引きずられるのかは不明だけれど――こと自体が、伏線なのかもしれない。

 

おまけの話――トゲモン大好き

(これはtri.に限ったことでもないのだけれど)tri.の世界観では技の名前をいちいち言わないらしい。……と思って油断していたらトゲモンが「チクチクバンバンー!」と叫び出したのでさすがに笑った。せっかくリアル寄りな世界観みんなで作ってんだからさ、空気読めよ!!(訳:トゲモン、君は最高だ(`・ω・´)b)

 

「大人」の存在

「大人」がいることが彼らの立ち位置(自覚としての)をどう変えるのかが楽しみだなぁ。テイマーズやセイバーズでは最初から描かれたテーマだったけれど、デジアドの彼らは(ゲンナイさん以外は)誰にも頼らず自分たちで問題を解決してきたから、どんなふうに自意識を変えていくのかがとても気になるところ。そういえば彼らはいわゆる「初代選ばれし子ども」(シルエットで現れた4人組)ではないか説というのがある。選ばれし子ども世代だった人――大人になってしまったぼくたち――がこの映画のターゲット層であることを考慮すれば、その符号はあまりに狙いすぎだけれど、まぁそれは妄想にしても、この歳で観ているとどうしても「大人」の描かれ方に目が行く。「大人」はもう、子どもだったころに見た「完璧な人」ではないのだ。

 

キャラデザや声優さんの話

話題にのぼることも多いし一応最後に触れておく。キャラデザに関してはいろいろ当初から反応はあったみたいだけれど、ぼくは好きだし、「この時代にデジモンが帰ってきた」みたいな感じがあって、むしろ嬉しくさえあった。子どもたちの声優さんも、皆さんびっくりするほどマッチしていたし、好演だったなぁ。そういえば、男性陣がわりあいみんな年相応に落ち着いた感じになったに対して、女の子が女の子っぽくなってた。それは作中でも動きもそうだし、声優さんの雰囲気も、「むしろ前の方が落ち着いてたのが少し若返った」感じさえあって、それを適切に表現すれば多分「女の子っぽくなった」なのだろう。キャラデザにしても言えるんだけど、そもそも、初代組は02で大人っぽく描かれすぎているので、あれ以降を活き活きと描くのなら今回のように全てを一新した状態でやったほうがナチュラルになると思うのです。だから良かった。ほらたとえば、空なんかはあのまま成長したらもっともっと達観してそうだけど、そこはちゃんと女子高生っぽくしてもらわないと、話が始まらないからね(笑)

 

その他の叫び

・太一!!ヒカリから弁当持って来てもらったのになんで昼に学食で食べてんだよ!!(正確に覚えてないので、ぼくの勘違いかな……同じ日じゃないかもしれないし弁当じゃなかったかもしれない)

・挿入歌とか以前に、BGMに懐かしいのが流れてきて嬉しかった。

タケルとヒカリが中学の制服着て一緒に帰ってる。んああああああ!!!!!(言葉にならない叫び)

・欲を言えば、もっとドラマを動かしたり太一とヤマト以外の内面も揺らしてほしかったけど、まぁそれは次作への楽しみということで!!!!

 

――何にせよ、第一章だ(不穏な)。

書き尽くした感じは全然しなくて、書き漏らしたことがたくさんある気がするのだけれど、手首も疲れて来たしこのへんで手を止めることにする。ともあれ、これは第一章なのだ。そういう意味では本当に、それこそTVアニメの第一話のように「設定の確認と登場人物の紹介」という感じであって、だからtriの物語は第二章からと言っても言い過ぎではないだろう。ただ、小奇麗にまとめられた一時間半のその裏で、二重、三重に不穏な空気が漂っていた。直接的には、彼らにも「何が起こっているのかわからない」という不穏さなのだが、観ている側としては「いや、それどころじゃなくなんかやばいことになってるぞ」とわかるつくりになっていた(主に02不在によって)。改めて考えてみると、本当にうまいことつくられていて、まんまと術にはまっているなぁという感じだね。うん、3月が楽しみです。ではでは。

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