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ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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鈴虫(習作)

くるくるくる。透明なガラスケースのなかで、円盤が回っている。

僕はそっと目を閉じる。

心地よい高音が響く。
これより高周波だったら、甲高くて不快だったかもしれないな、と思うような、ぎりぎりの、絶妙な高音。
のっぺりと続くわけでもなく、いくつかの混じり合う音どうしが、息継ぎをするように交代して、円弧を描くように重なり合う。
虹に虫偏がつくのは、こういう虫の声の印象なんじゃないだろうかと、そういえば思ったことがあった。

「また『それ』で聞いてるんですね」

虫の声に、女性の声が重なる。

「そうだよ。この声を聞くなら、CDに限る」

答える僕の声は、なんだか虫の声や女性の声に比べて、その場にそぐわない感じがした。

「そんなものを再生しなくても、鈴虫くらい私が生演奏するのに」

彼女がそれを指摘したのは、この会話が初めてではなかった。
それまでも何度も、僕たちはそれについてはしゃべってきたのだった。

「そういってくれるのは嬉しいんだけどね。君は鈴虫じゃないんだから」

僕のその返事も、何度目かのものだったはずだ。
そう応えることなんて全部わかっているくせに、そんなふうに会話をふってくれるところが、僕はとても好きだった。

「私は鈴虫じゃないですけど、鈴虫の声は奏でられますよ」

「鈴虫の声は鈴虫じゃなきゃ意味ないよ、たましいは声に宿るもんさ」

「もっともらしく聞こえますけど、鈴虫の声って、羽で出していたんですよ。だったら、私が物理的にこすりだして創る音のほうが本物に近いじゃないですか」

彼女のいうことも非常にもっともらしく聞こえた。

「それだけじゃないですよ。CDにしたって。いまから見れば大差ないかもしれないですけど、コンパクトディスクのほんの少し前まで行けば、カセットテープとかレコードとか、それこそアナログなものがあるんですよ。その時代まで遡るって言うんなら、まだわからないでもないですけど」

「そりゃあ、僕だってそれで聞けるなら聞きたいけどね」

「ちょっと意地悪いってみただけですよ。鈴虫の声を記録したカセットだのレコードなんて、たぶん地球のどこにも存在してないでしょうからね」

まともに再生できるレコードだってあるか怪しいだろう、と僕は思う。
博物館に収められてたそうしたアナログの記憶媒体は、これ以上の破損を防ぐため、もう何十年も再生されていない。
そんな話をどこかで聞いた。

「まったく、人類の貴重な資料が失われたことだよ!」

「たいした問題じゃないですよ。いまどきそんな古代生物の発する音を聞こうとするのは、せんぱいくらいでしょうから」

「まあね、でもこれが落ち着くんだ」

いつの間にか、鈴虫の声は止まっている。
CDに収録されているのは、ほんの数分なのだ。

「そんなへんてこなCDプレイヤーをつくるのも、せんぱいくらいです」

彼女が、形式はそのままに話題を切り替える。
こういう独特のジャンプも、彼女の得意技だった。

「そうだよ。どうしても回っているところが見たくてね。いまの媒体で、こうして中が見えるものはなかなかないから」

「中といっても、CDのなかが見えるわけでもないのに」

「いいんだよ、ほんとうに見えなくても」

「そっちは、録音ですよね」

うぃんっ。
彼女が『手』を伸ばすときの、独特の機械音が響く。

「そう」

「そんなにずっと録り続けて、いつ聴くんですか」

「わからない、なんとなく残しておきたいんだよ」

「どうせ私はぜんぶ、覚えているのに」

「僕は覚えてないよ。それにぜんぶ覚えててもさ、会話は会話だよ。だから、君だってこうして会話してくれるわけだしね」

「私が会話しているのは、あなたがそういう設定にしたからです」

「そうだね」

数秒の沈黙があった。
僕がくるくる回す椅子の、きゅるきゅるという音だけが響く。

「せんぱい」

「はい」

「ごめんなさい、そういうことはいわない約束でした」

「いいよ」

ときどき約束を破るのも、僕のした設定だったけれど。

「まあたしかに、せっかくこんなに何百枚も録音してるのに聴かないも勿体ないね。なんなら僕の死ぬときにでも、君のお気に入りの一枚を流してくれたらいいんじゃない」

「縁起でもないこといわないでください」

「いやいや、僕のほうがたぶん先に死ぬからね。僕は君の『せんぱい』という設定だから」

笑い声が混じる。

「せんぱいは……     」

だんだん、彼女の、ミウの声が、遠くなった。

「君にいわれたくは……    」

僕の声も、遠ざかってゆく。

僕はゆっくりと目を開ける。
体を転がす力はもう残っていなかった。
どうにか、頭を少し傾けて、視界の端にCDプレイヤーを捉える。

くるくるくる。透明なガラスケースのなかで、円盤が回っている。

どこか遠くで、鈴虫の声が聞こえたような気がした。




#創作三題噺深夜の60分一本勝負
#創作三題噺深夜の60分一本勝負_20161207
21:00-22:00

妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。

「ロボット」「虫」「CD」
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