ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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回れよ回れ(三題噺)

「起きてください」

心地よい眠りだったような気がするのに、俺はそんな声に起こされる。目を開けると、一匹のハチが鼻に止まっていた。思わず、目を見開く。叫ぼうか、慌てようか、と迷ったあと、ここはおとなしくすることにした。

「ご心配なく、私はあなたに危害は加えません。針は大切ですからね」

ハチはそんなことを言って、鼻から飛び上がり、空中を旋回する。ハチの動きにつられて周りを目線を動かして、ようやく周囲の状況がわかる。白い。ひたすら、白い部屋にいる。壁も、床も、天井も、なにかの間違いのようにように真っ白だ。

ただひとつの例外といえるのは、俺の足元の方向にある巨大な窓だった。俺は上半身を起こしてその窓をのぞいてみる。これまた、気味が悪いほど均整のとれた、まんまるの窓。そしてその向こうに見える風景は、なんだかよく見えない。窓の外が屋外かどうかもよくわからないが、天気でも悪いのか、あるいは夜なのか。それは暗いというよりも、混濁しているように思えた。

「誰しも人生のうち一本だけは物語が書けるといいますね」

ハチが唐突にそんなことをいう。

「自分の生涯を語るストーリィのことですね」

俺が反応しないのを見て、ハチが補足説明を加える。なにか返さなければ、こいつはこの調子で演説を続けるのだろうか。俺はそんな話などどうでもよかった。

「ここはどこだ」

改めて疑問を口にしてみると、ずいぶん間抜けなかっこうになった。俺は慌てて、自分の考えを付け加えた。

「つまり、ここは死後の世界なのか、という意味だ」

「死後、ふうん。ぶんぶんぶん」

ハチはそれだけいって、また黙って俺の周りを旋回する。黙っていても、ぶんぶんとうるさいのだが。

俺は、今度は後ろを振り返る。あいかわらず真っ白な壁だったが、床にお盆を見つける。相変わらず真っ白だ。お盆にいくつか乗っているあの杯はなんだろう。なんの変哲もない杯だが、俺はどうしてだか興味をそそられた。

「ここが死後の世界なら、あなたの物語は誰がきくんでしょう、私ですかねえ」

ハチのことばを無視して、俺は訊ねる。

「あれはなんだ」

「あれですか、あれはねぇ、わかりやすくいえば、洗剤ですかね」

洗剤。俺は手を伸ばし、杯をひとつとって顔に近づけてみる。なんだか甘い匂いがする。たしかに洗剤の香料にも思えるけれど、これはどちらかというと……。

「蜂蜜?」

その連想は、あるいはぶんぶんと俺の周りを飛び回るハチによるものだったのかもしれないが、いずれにせよその杯を満たしている液体は、どうも口に入れられるようなものの気がしたのだ。いや、というよりも、これは、俺がずっと飲みたかったもののような気がする。

「飲んでいいか」

「ええ、いいですよ。あなたのものです」

俺はハチのことばを待つまでもなく盃を呷った。素晴らしい甘さが舌を通して脳を刺激する。これだ、という気持ちとともに、視界がクリアになっていく。視界……?

窓のほうに目をやって驚く。窓の向こうが、霧が晴れたようによく見えている。そして、そこに見えるのは俺がよく知っている、会社の風景だった。そしてそこに、俺の姿が見えた。

「あれは……」

「回れよ回れ思い出は、ってとこですかね。ぶんぶんぶん」

だめだ、こいつはぶんぶんしか答えない。

窓の外のオフィスには、「俺」以外の姿はないようだ。俺は俺自身の姿を真横から見る形になる。この眺めは、部長の席の真後ろにある窓からの眺めだろうか。「俺」はパソコンに目を向けているが、どうも落ち着きがない。そしてそのままマウスを動かし、震える手でキーボードを叩いている様子が目に入ってくる。

「ああ、これは……」

思い出した、いや、思い出すまでもなかった。

「なるほど、最後のなんちゃらってわけか」

俺はハチのほうを向く。もっとも、ハチは飛び回っているので、視界からは一瞬で消えてしまうのだが。

「いえいえ、そんなややこしいことではありません。これは洗濯機ですよ」

「洗濯機?」

最後のなんちゃら云々というのは少し特定の宗教に寄りすぎかもしれないが、とはいえ何かしらの意味で、俺が裁かれる場面にあるものだろうと思っていたのに……洗濯機?

「ええ、そうですよ。あなたはいま、自分がしたことをよく理解したはずです」

たしかにそうだった。そして俺は心から、自分のしたことを悔いた。生まれて初めて−−死んでようやく。

「だからこそ、これはなにかそういう儀式なのかと」

「儀式なのは儀式なんですけどねえ、だれもあなたを捌きはしませんよ。まあ、面倒なのでほかのも飲んでください」

ほかの、というのは杯のことだろう。俺はいわれるがままにそれを口にした。2杯、3杯。ガムシロップのような味のものもあれば、和風の懐かしい味のものもあった。その甘さが全身に染み渡り、俺はこれ以上ないくらいに心が澄み切っていくのを感じた。いまならなんでもできそうだ。

「なるほど、これは洗濯機、そしてこれは洗剤なんだな」

「そういうことです、今日も今日とて、説明する手間が省けました」

暇だからときどき先に説明しちゃうんですけど、とハチはぶんぶん続けた。

「俺はここで心を洗われ、次の世界に生まれ変わる」

「そういうことです、なぜなら……」

「なぜなら、さまざまな思想のシロップは、良くない思想と混ざり合う」

「そうです、さながら……」

「さながら、油汚れを落とす洗剤のように」

残りの3つ、4つの杯も全て飲み干す。俺はこの世界の真理に到達した気がした。それをハチに話しても無駄だろう。こいつに理解できるとも思えない。

「はあもう、そういうのがいやなんですよ、けっきょく私の存在意義がなくなっちゃいますからね」

「見えるは、わかる。わかるは、見える。だからこその、思想のシロップ」

素晴らしいと思った。このまま、あらゆる思想が俺に染み渡った状態で次の人生が始まれば、俺は全てを動かせる。自らが小さな悪に手を染めることなどないばかりか、世界に平和をもたらすことだってできるだろう。この思想、この心があれば、きっとできる。俺には確信があった。

「ともかくこれで、あなたは真っ白に生まれ変わるわけですね」

ハチがなにかぶんぶんいっているが、知ったことではなかった。なんて素晴らしいんだ。これだけのものが見えれば、文字どおりに完璧じゃないか。俺には全てが見える。窓の外も一段とクリアに見える。なにやら大男が立っているのが見えた。

 *     *     *

「汚れ、ちゃんと取れたみたいだな」

神は慣れた手つきで、「脱水・乾燥」ボタンを押した。



*回れよ回れ思い出は:「観覧車回れよ回れ思い出は君には一日我には一生」栗木京子)

#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161216
22:30-23:30
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「蜜」「洗剤」「窓」




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