ここは、田舎から出てきたどこーにでもいそうな学生≪ちくわ≫が、日常に流れているあれやこれやを拾い集めて、ある日はすりつぶし、ある日はこねまわし、ひそやかに物語に練りなおしてゆく――そんな場所なのです。

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わたあめ前夜(三題噺)


「私、身を固めることになったんだ」

とても肌寒い日の夜、ぼくのもとを訪れた妹はそういった。今夜はほんとうに冷え込んでいて、ぼくはブランケットにくるまってぶるぶると震えていたので、妹がなにをいっているかわかるまでにしばらく時間がかかった。

「ええと、そう、それは、よかったね」

まずぼくの口から出てきたのはそれだった。

「わざわざここまで来るなんて、びっくりしたけど……そうかあ。どんなふうになるのかな」

妹が会いにくるのは久しぶりだった。特に、ぼくが雲にいるときに訪れるなんてことはあまりなかったはずだ。彼女としゃべるのは、地上でのことが多い。

「まだ完成形は決まってないんだけど……ひとまず固まってみることにした。たぶん、白い飴になるんじゃないかな」

「白い飴、いいじゃん」

「そうなのかな」

珍しく妹は歯切れが悪かった。

「だって、白だぜ。世の中には黒飴とかあるけど、あんなのど飴なんかとちがってさ、白は素敵な色じゃんか。それに白は……ほら、お祝いの色じゃんか」

ぼくは苦し紛れに適当な印象操作をする。たしかにこの下の国だと黒は喪で白は祝いごとって感じではあるけど、お隣の大陸にある大国では白は葬儀のイメージだったりするから、そんなのほんとうは文化による。

「そうだね、色はいいんだ。色はいいんだけど……」

彼女はことばを探してしばらく黙ったあと、ぽつりといった。

「お兄ちゃんはいいよね、どこでもいけるんだもん」

それは、妹の昔からの口癖だった。確かにぼくは、海にも空にも、この島国にもあの大陸にも、どこにでもいくことができた。あるいは、世界中を巡っていることこそが、ぼくという存在そのものだったのかもしれない。だけど、今日聞くそのことばは、いつもよりずっと重みを持って感じられた。

「私は、千歳飴にもなりたかった。この時期なら、クリスマスキャンディにもなれたかもしれない。ううん、もっとすごい、飴細工みたいな生き方もあったかもしれない」

ぼくだってわかっていた。ちゃかしてはいたけれど、本当に彼女が気にしているのは、白という色のことなんかじゃなくて、水飴から飴へと固まってしまうこと、ひとつの形をとってしまうことへと怖さなのだ。それは、いつまでも世界を循環しつづけて、ひとつの姿に身をやつすことのできないでいるぼくにはよくわかった。

「私はお兄ちゃんみたいに、世界中のひとにわかってもらいたかった」

彼女の告白をきいて、ぼくは自分が彼女にかけることばを持っていないことに気づいた。彼女のほうが、ぼくなんかよりずっと悩んでいたのだ。ぼくが世界中で逃げ続けているあいだに、この子は……。

「世界中にいったって、もう誰もわかってなんかくれないよ。この国は水不足だって忘れてるし、それよりは」

それよりは、おいしいキャンディでも口に入れたいと願っているだろう。ぼくのことなんて、誰も気にしていないのだ。ぼくはなんにでもなれたが、なんにもなれなかった。

「白の本質は〈塗れる〉ことだと思うんだよ」

「お兄ちゃんの本質は〈濡れる〉ことだね」

「妹に下ネタいわれると反応に困るんだよなあ」

「下ネタじゃないよ!」

わかってるわかってる、雨のことな。

「つまりさ、白いっていうのは、これからなにか別の存在がやってきたときに、塗り変えられる備えができているってことだと思うんだよ」

ぼくは話を戻し、独白を続けた。

「ぼくみたいなやつは、純粋であること、純水であることを、最後の砦にしてる。だから、見慣れないものは必ず不純物になってしまう。どんな固有の世界も、ぼくにとっては自分を〈濁す〉ものでしかない」

透明というのは、向こうが見えるということであり、そこになにかを加えるというのは見えなくなっていくということ。存在価値を失うことである。ぼくは、不透明になるのが怖かったのだ。それこそ白色だとしても、目に見える存在になることが怖かったのだ。ぼくが自分を濁されることを恐れている間に、飴はこんなに大人になって、これから、鮮やかに生まれ変われる準備を整えた。そういうことなのだと思う。

「お兄ちゃんだって……というより、お兄ちゃんのほうが、なんにでもなれるのに」

「なんにでもなれるということと、なんにでもなれる準備をしていることは、たぶん大きくちがうんだよ」

ぼくはそんなことしかいえなかった。この子は昔から、ぼくに甘えるのがうまかった。それは飴だからかもしれないし、妹だからかもしれない。今日もぼくに、なにかしらの形で甘えにきたのだろうけど、残念ながら、そんな妹にぼくのほうが甘えてしまったのかもしれない。いつだってそうなのだ。

「お兄ちゃんに会いにきてよかった。私たぶん、わたあめになるよ」

「わたあめ」

ぼくは無意識に復唱して、ゆっくり上を見上げる。この子は、ずっとずっと、なんにもできなかったぼくの姿を見てきたから、なにかはできる存在になることを決めたのだと思う。末っ子というのは、そういうものだ。強かで、現実をまっすぐ見つめている。もちろん、本人にそういっても、白々しく白をきって、そんなことないよというのだろうけど。

「私、こんなふうに、ふわふわで真っ白な、わたあめになる。初詣の屋台でもいいな」

ぼくは、ふわふわな雲を見つめながら、なにもいえなかった。

「小さいころ、お兄ちゃんが私に言ってくれたこと、覚えてる?」

どんなこと、とぼくは真っ白な天井から目を離さずに訊ねる。

「『飴には、人を幸せにする力がある。ひと一人分の幸せを、お前は持ってるんだよ』」

 *  *  *

空が白んできたころ、妹は帰っていった。

ぼくはゆっくり立ち上がり、雲の下の世界を見下ろす。
ここは肌寒いけれど、地上も今日は冷えているのだろうか。

「氷点下になってたらいいな……」

なんだか今日は無性に、白に染まりたかった。



#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161220
21:00-22:00
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「飴」「同胞」「白」

学生を語る語彙って意外と豊かではないのかもしれない(2015年の手記)

アドベント書く時間がないので(?)ちょいとずるいですが1年以上前に下書き段階で公開していなかった文章を放流しておきます。
いまとなっては当時感じていたリアリティがわからないのですが、それだからこそ逆に残しておく意味もあるかもしれませぬ。

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よい日だった

(日記断片、ハイコンテクスト、わかるひとにさえわからない)
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2016年12月16日

12月16日、金曜日。晴れ。洗濯機を回してから大学へ行く。本当は干してから行く予定だったけれど、干してると間に合わないので諦める。ひたすら川沿いを歩いて行く。自転車が今年三度目のパンクを起こしてから数ヶ月歩いて通っているのだけれど、自転車より歩くほうが気分が良い。冬は特に。道のせいもあると思う。

おにぎりとかパン程度なら食べる時間がありそうだったので、売店で適当に買って最初の授業の教室に急ぐ。今日はゲストスピーカーが来るんだったな、と思いながらドアを開けるとやたら人が少ない。おかしいな、前回休講だったのにまた休講なのかな、とパンをもふもふ食べていると、後ろのほうにいた子が「休講だって〜。とりあえずごはんだけ食べる」といってるのが聞こえてきた。また休講かい、ゲストスピーカーさんはどうなってしまったんだ……と思いながら、ぼくもとりあえずごはんだけ食べようと思ってもふもふする。一応正確な情報も調べて、たしかに休講情報が出ているのを見る。

そのまま場所を移動して、今日返す予定だった本を(持ってたので)読み始める。面白いので、返すのをやめて延長することが決まった(こうして返せない本が増えゆく)。近くで女の子が恋バナもどきをしているのが聞こえる。こういう空間で本を読むのがほんとうに好き。そういえば一昨日は似たような状況で誰かが逃げ恥を見はじめたんだったな……と思い出す。場所を変えたりしつつ時間になったので次のクラスへ行く。

休憩挟みつつも4時間ぶっつづけの枠で、きりすときょーがいろん。キリスト教系の大学にはけっこう同名の科目があるけれど、この大学の唯一の必修科目である(1年次の英語を必修と呼ばなければの話だが)。なんでまだ必修をとってなかったのかといわれると「とってなかったからとってなかった」としかいいようがないんだけど、まあ結果的に好きな先生のきりがいがとれてよかった。

授業は19時まででなのだが、今日はしょっかれーはい(検索避け)があるので早く終わりますといって18時すぎに終わる。18時半に始まると先生がいうので、図書館で一冊本を借りてから教会へ向かう。もう半が近いし入れるだろうと思ったぼくは、なにを思ったのか、裏口から入ってしまう。なんかまだぜんぜん始まってなくて、めっちゃ準備してて、ロビーに行ったら出入口閉まってるし受付の人は挨拶の練習とかしてるし、ぼくも関係者だと思われたのかなにもいわれなかったけど、これはやばい!!と思ってそそくさと逃げ出す。ひどい体験をした、100質のマヌケエピソード、これ書くべきだったと強く思った。

改めて正面に戻る。午後七時とでっかい看板が出ている。なんてこった。たぶん、18時半に開場なんだろうね。まだ待ってる人はちらりほらりしかいなかった。微妙に列ができはじめ、次に来た人に「(列は)ここですか?」と聞かれたので「そんなにちゃんと並んでないと思いますよ」と答えたところで扉が開く。受付の子たちから式次第とろうそくをもらう。ろうそく! ほんとに馬鹿な話なのだけど、「そうか、しょっかれーはいだから、ろうそくもらうのか」と思った。入学して何年経ってるんだって話だ。

この教会いつぶりだろう、入学式以来か、だとすると5年近く前か、ひええ、時の流れ! 「全員お揃いですか」という質問に自信なさげに「はい」と答え(1人も全員……1人も全員……)、前方に案内してもらう。待ち合わせの人がまだで……とロビーで待つ人も多かった。あまりに到着が早かったので、最前列に座れる。しばらくの間はあまり人が増えなかった。隣の子に話しかけてみると、さっきのおなじ授業をとっていたようで、ぼくとおなじく先生が「18時半から」っていったのに引っかかって早く来てしまったらしい。おかげで最前列に座れたのでまあ良かった、とぼくは思っていたけど、最前列だとほかのろうそくが見られない、とその子にいわれて、それは確かにそうだと思った。

そうこうしているうちにだんだんと人が増えて来て、管弦楽団の人たちが入って来る。めっちゃ近い。ほとんど指揮者が真横である。こんな近距離でオケを聴く機会あんまりないな……と思う。

パイプオルガンが響いて、礼拝が始まる。パイプオルガン! こないだの100質のせいでコナンを思い出してしまう。そういえば中学高校のミサのときは、キーボードだったけど、あれはなんだったんだろう、シンセサイザー? 電子オルガン? 懐かしいなあ。一気に十代にリンクされる。

(*中高はカトリック系なのでミサでしたが、ぼくがいまいる大学はプロテスタントなので礼拝はありますがミサではありません)

ルカによる福音書の、イエスが生まれるときの話が少しずつ読まれて、合間に管弦楽と合唱。そういえば、中高のときは吹奏楽しかなかったから、こういう場は合唱とオルガンだけというのが多かったけど、こういう場で管弦楽ってめっちゃいいなあ、と思った。音楽のことほんとうにわからないけど、ばよりんぞく好き。福音書、英語だけじゃなくてドイツ語とか北京語とかマンジャク語でも読まれるのが良かった。

じょいとぅーざわーるどの日本語2番以降の歌詞ってこんなんだったのかあと思ったり、先生のありがたいお話で「アドベントということばを聞いたことがあるのではないでしょうか」ということばが出て来て「ああああああ」ってなったり、しているうちに部屋が暗くなって、キャンドルが点火される時間になる。

ぼくの中高では中学1年生だけがキャンドルサービスをやる伝統があるので、今から11年前のクリスマスにはやる機会があったのだが、ぼくはたまたま文章を読む役を任されていたので、キャンドルやらなかったなあ、とか思い出してた。そのあとは見るだけだったけどじゅうぶんきれいだったし、それですらもう6年くらい前の話なのだ。まったく、不思議な話だ。

そもそもカトリックとプロテスタントだし、この大学の場合はアメリカ経由で来てるからその意味でも中高のそれとは来歴もぜんぜんちがうし、それはそうなんだけど、これだけ変化しても「帰ってきた」感を得られるあたりさすがは<変化しつづけることで同一性を保ち続けることに成功した普遍宗教>だなと、やたらローカルな規模でそんなことを思った。

いやたぶん、宗教云々の話以前のことだと思うけど。昔なぎささんが「どこにいってもいいんだよ、オーケストラはどこでもできるからね」といったときに、ぼくはそうやってどこでも同じことをしたいというものを持っていなかったのでたいそう羨ましく感じたけれど、そういう、どこにいっても同じ感というのは強いし、いざというときにめっちゃすくわれるなあと思った。

なんにせよ来て良かったな、と素朴に思った。なんでみんなしょっかれーはいにこんなぞろぞろと来るのかはわからないけど、たとえばもし、ろうそくがきれいだから、音楽が素敵だから、なんかみんな集まっていい感じだから、という理由だけで来ている人が一定数いたとして、それでこれだけ人が集まるのなら、それだけでじゅうぶんにすばらしいことのように思えた。

「メリークリスマス」
ぼくはろうそくの火を吹き消した。


回れよ回れ(三題噺)

「起きてください」

心地よい眠りだったような気がするのに、俺はそんな声に起こされる。目を開けると、一匹のハチが鼻に止まっていた。思わず、目を見開く。叫ぼうか、慌てようか、と迷ったあと、ここはおとなしくすることにした。

「ご心配なく、私はあなたに危害は加えません。針は大切ですからね」

ハチはそんなことを言って、鼻から飛び上がり、空中を旋回する。ハチの動きにつられて周りを目線を動かして、ようやく周囲の状況がわかる。白い。ひたすら、白い部屋にいる。壁も、床も、天井も、なにかの間違いのようにように真っ白だ。

ただひとつの例外といえるのは、俺の足元の方向にある巨大な窓だった。俺は上半身を起こしてその窓をのぞいてみる。これまた、気味が悪いほど均整のとれた、まんまるの窓。そしてその向こうに見える風景は、なんだかよく見えない。窓の外が屋外かどうかもよくわからないが、天気でも悪いのか、あるいは夜なのか。それは暗いというよりも、混濁しているように思えた。

「誰しも人生のうち一本だけは物語が書けるといいますね」

ハチが唐突にそんなことをいう。

「自分の生涯を語るストーリィのことですね」

俺が反応しないのを見て、ハチが補足説明を加える。なにか返さなければ、こいつはこの調子で演説を続けるのだろうか。俺はそんな話などどうでもよかった。

「ここはどこだ」

改めて疑問を口にしてみると、ずいぶん間抜けなかっこうになった。俺は慌てて、自分の考えを付け加えた。

「つまり、ここは死後の世界なのか、という意味だ」

「死後、ふうん。ぶんぶんぶん」

ハチはそれだけいって、また黙って俺の周りを旋回する。黙っていても、ぶんぶんとうるさいのだが。

俺は、今度は後ろを振り返る。あいかわらず真っ白な壁だったが、床にお盆を見つける。相変わらず真っ白だ。お盆にいくつか乗っているあの杯はなんだろう。なんの変哲もない杯だが、俺はどうしてだか興味をそそられた。

「ここが死後の世界なら、あなたの物語は誰がきくんでしょう、私ですかねえ」

ハチのことばを無視して、俺は訊ねる。

「あれはなんだ」

「あれですか、あれはねぇ、わかりやすくいえば、洗剤ですかね」

洗剤。俺は手を伸ばし、杯をひとつとって顔に近づけてみる。なんだか甘い匂いがする。たしかに洗剤の香料にも思えるけれど、これはどちらかというと……。

「蜂蜜?」

その連想は、あるいはぶんぶんと俺の周りを飛び回るハチによるものだったのかもしれないが、いずれにせよその杯を満たしている液体は、どうも口に入れられるようなものの気がしたのだ。いや、というよりも、これは、俺がずっと飲みたかったもののような気がする。

「飲んでいいか」

「ええ、いいですよ。あなたのものです」

俺はハチのことばを待つまでもなく盃を呷った。素晴らしい甘さが舌を通して脳を刺激する。これだ、という気持ちとともに、視界がクリアになっていく。視界……?

窓のほうに目をやって驚く。窓の向こうが、霧が晴れたようによく見えている。そして、そこに見えるのは俺がよく知っている、会社の風景だった。そしてそこに、俺の姿が見えた。

「あれは……」

「回れよ回れ思い出は、ってとこですかね。ぶんぶんぶん」

だめだ、こいつはぶんぶんしか答えない。

窓の外のオフィスには、「俺」以外の姿はないようだ。俺は俺自身の姿を真横から見る形になる。この眺めは、部長の席の真後ろにある窓からの眺めだろうか。「俺」はパソコンに目を向けているが、どうも落ち着きがない。そしてそのままマウスを動かし、震える手でキーボードを叩いている様子が目に入ってくる。

「ああ、これは……」

思い出した、いや、思い出すまでもなかった。

「なるほど、最後のなんちゃらってわけか」

俺はハチのほうを向く。もっとも、ハチは飛び回っているので、視界からは一瞬で消えてしまうのだが。

「いえいえ、そんなややこしいことではありません。これは洗濯機ですよ」

「洗濯機?」

最後のなんちゃら云々というのは少し特定の宗教に寄りすぎかもしれないが、とはいえ何かしらの意味で、俺が裁かれる場面にあるものだろうと思っていたのに……洗濯機?

「ええ、そうですよ。あなたはいま、自分がしたことをよく理解したはずです」

たしかにそうだった。そして俺は心から、自分のしたことを悔いた。生まれて初めて−−死んでようやく。

「だからこそ、これはなにかそういう儀式なのかと」

「儀式なのは儀式なんですけどねえ、だれもあなたを捌きはしませんよ。まあ、面倒なのでほかのも飲んでください」

ほかの、というのは杯のことだろう。俺はいわれるがままにそれを口にした。2杯、3杯。ガムシロップのような味のものもあれば、和風の懐かしい味のものもあった。その甘さが全身に染み渡り、俺はこれ以上ないくらいに心が澄み切っていくのを感じた。いまならなんでもできそうだ。

「なるほど、これは洗濯機、そしてこれは洗剤なんだな」

「そういうことです、今日も今日とて、説明する手間が省けました」

暇だからときどき先に説明しちゃうんですけど、とハチはぶんぶん続けた。

「俺はここで心を洗われ、次の世界に生まれ変わる」

「そういうことです、なぜなら……」

「なぜなら、さまざまな思想のシロップは、良くない思想と混ざり合う」

「そうです、さながら……」

「さながら、油汚れを落とす洗剤のように」

残りの3つ、4つの杯も全て飲み干す。俺はこの世界の真理に到達した気がした。それをハチに話しても無駄だろう。こいつに理解できるとも思えない。

「はあもう、そういうのがいやなんですよ、けっきょく私の存在意義がなくなっちゃいますからね」

「見えるは、わかる。わかるは、見える。だからこその、思想のシロップ」

素晴らしいと思った。このまま、あらゆる思想が俺に染み渡った状態で次の人生が始まれば、俺は全てを動かせる。自らが小さな悪に手を染めることなどないばかりか、世界に平和をもたらすことだってできるだろう。この思想、この心があれば、きっとできる。俺には確信があった。

「ともかくこれで、あなたは真っ白に生まれ変わるわけですね」

ハチがなにかぶんぶんいっているが、知ったことではなかった。なんて素晴らしいんだ。これだけのものが見えれば、文字どおりに完璧じゃないか。俺には全てが見える。窓の外も一段とクリアに見える。なにやら大男が立っているのが見えた。

 *     *     *

「汚れ、ちゃんと取れたみたいだな」

神は慣れた手つきで、「脱水・乾燥」ボタンを押した。



*回れよ回れ思い出は:「観覧車回れよ回れ思い出は君には一日我には一生」栗木京子)

#創作三題噺深夜の60本一本勝負_20161216
22:30-23:30
妖怪三題噺( @3dai_yokai )から以下のお題をお借りしました。 
「蜜」「洗剤」「窓」




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